FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

書評『つみたて投資の終わり方』取り崩し方考察

良い本が出ました。著名FPカン・チュンド氏の『つみたて投資の終わり方』です。Kindle自費出版本ですが、内容はしっかりしていて、Unlimitedでも読めるので、一読の価値ありでした。

情報が少ない取り崩し方法

ここ数年、インデックスファンドを使った積立投資が、老後資金の作り方のベストプラクティスとして普及してきました。つみたてNISAなどの制度も整い、eMAXIS Slimなど投信の低コスト化も進みました。

 

このように資産形成についてはツールも情報も充実してきましたが、この分野の先進国である米国に比べて足りないところがあります。「取り崩し」の方法です。このブログでも、取り崩しについてはいくつか考察してきましたが、本書『つみたて投資の終わり方』は、まさに取り崩しにあたっての心の持ちようとテクニック、具体的な手法について解説したものです。

持ち続けるのも良くない、急いで売るのも良くない

リタイアに向けて資産を積み上げたあとは、その資産を取り崩して死ぬまでの生活費を賄います。退職時に発生するこの転換点は、さまざまな意味で意識の改革を必要とします。著者は、ここでよくある良くない例を挙げています。

 

「投信を早く売りたくて仕方ない人」と「若い時同様にリスクを取り続けてしまう人」です。著者は、いずれもよろしくなく、この中間を採るべきだと主張します。

 

リタイアしたからと早く売ってしまうと、確かにリスクはゼロになりますが、長生きするリスク、インフレリスクに対応できません。また積立期ならば大きなリスクをとっても給与で補填できましたがリタイア後は、補填どころか取り崩すわけで、暴落が致命的なことにもなりかねません。中間の塩梅のいいポートフォリオを探る必要があります。

期待リターン3%のポートフォリオを推奨

ではどんなポートフォリオが良いかというと、筆者は期待リターン3%のものを推奨します。具体的な商品でいうと下記の4つです。

  • 50%預金:50%オールカントリー 【期待リターン3%】
  • 40%預金:60%楽天バランス・株式【期待リターン3%】
  • 35%預金:65%8資産均等【期待リターン3%】
  • 30%預金:70%楽天バランス・均等【期待リターン3%】

オールカントリーは「eMAXIS Slimオールカントリー」、いわゆるオルカンです。楽天バランス・株式は「楽天・インデックス・バランス・ファンド(株式重視型)」です。全世界株式70%と投資適格債券30%(為替ヘッジ付き)に投資します。楽天バランス・均等は、「楽天・インデックス・バランス・ファンド(均等型)」で先の比率が50:50になります。8資産均等は「eMAXIS Slimバランス(8資産均等型)」。次の8資産に均等に投資するものです。国内株式/先進国株式/新興国株式/国内債券/先進国債券/新興国債券/国内REIT/先進国REIT。

 

いずれも軸となるのは、各ファンドのリスクテイク状況の応じて現金(預金)の比率を変えて、期待リターンを3%に調整していることです。なぜ3%かというと、それに相当するリスクが「リーマンショック級の暴落時に、損失割合が25%に収まる」ことを意識してだそうです*1

 

また筆者は年齢に応じてリスク資産比率を下げていく、ターゲットデイトファンド的な考え方には与しません。リタイア後という状況である限り、最適なポートフォリオは1つだえという考え方です。

4%ルールでは厳しい

リタイア後の取り崩しでは、トリニティスタディが明らかにした4%ルールが有名です。資産の4%に相当する額を毎年取り崩すと、死ぬまで資産が持つという実証研究です*2

 

筆者は、これをある程度意識しながらも、安全を取って3%引き出しを推奨します。しかも、トリニティスタディのような定額ではなく、あくまで定率を勧めます。相当安全方向に振るわけです。

 

その理由は次のことです。

先に「取り崩し率」(4%)を決めてしまうと、それに見合ったリターンを求めなくてはならなくなります。

これはよくあるが意外な落とし穴です。リスクを元にポートフォリオを決めるべきであって、期待リターンを元にポートフォリオを決めてはいけないのです。

 

そしてさらに2つの要素があります。税金とインフレです。いずれも悪い方向に振れる要素なので、1%分だけ安全方向に寄せて、かつ定額ではなく定率だという主張です。

 

ちなみに、資産が逓減していく中では、定率だとどんどん取り崩せる金額が小さくなります。最初1億円なら年間300万円取り崩せたのに、資産が減って5000万円になったら取り崩し額は150万円です。

 

ただ、

リタイア後の生活実態を詳察すると、お金がそこそこ使えるのは概ね75歳前後までと実感します。

という筆者のコメントを読むと、なるほどな、と思います。ちなみに、この理由から、iDeCoや企業型DCについては、老後資産のポートフォリオから除外して考えて、生活費ではなく自分へのご褒美として旅行などに使ってしまうことを勧めています。これも納得感がありますね。

預金:リスク資産の比率を維持して取り崩し

さて、実はここからが本書の真髄です。

  • 期待リターン3%のポートフォリオ
  • 定率3%引き出し

に加えて、「引き出し時に、預金とリスク資産の比率を維持するリバランスを行う」という手法です。これはどういうことでしょうか。

 

資産1億円で、5000万円預金、5000万円投信のポートフォリオなら、3%に当たる300万円を取り崩すときに、150万円預金、150万円投信から取り崩すということです。すると、4850万円預金、4850万円投信となり、比率は変わりません。

この方法の何が良いかといえば、相場が好調なときは投信を多く取り崩し、相場が不調なときは現金を多く取り崩すことになる点です。取り崩し時の最大の課題は、一時的な暴落などで資産が大きく減ったときに取り崩しを行うと、資産が急速に減少することです。ここに現金からの取り崩しというバッファを設けることで、リスクを一定程度低減できます。

 

例えば、市況好調で株式が20%上昇しました。総資産は1.1億円。5000万円預金、6000万円投信となっています。この時は300万円全額投信から取り崩して生活費に当てるだけでなく、追加で350万円を取り崩して預金に当てます。すると、5350万円預金、5350万円投信となり、比率が5:5に戻りました。

逆に暴落があって株式が20%下落しました。総資産は0.9億円、5000万円預金、4000万円投信です。このときは生活費300万円を預金から取り崩すだけでなく、追加で350万円を使って投信を買います。すると、4350万円預金、4350万円投信となり、やはり比率が戻るのです。

この詳細は本書をぜひお読みください。具体的な例とともに流れが載っています。ポイントは、現金をバッファとして使うだけでなく、常にリバランスによってリスク比率を一定に保つというところにあります。

 

そしてこの手法は著者のオリジナルではなく、4%ルールの生みの親とも言われるウィリアム・ベンゲン氏(William P.Bengen)の論文「Determining withdrawal rates using historical data」を元にしたものです。

考えてみれば、資産形成時はリバランスを行って、リスク資産の比率を一定に保ってきました。リタイア後は、積立額こそマイナスになりますが、同じことをやろうということです。

いろいろ参考になる

誰にとってもベストプラクティスが大差ない資産形成とは違い、取り崩しというのは実に奥が深いものです。積立に向いたツールや商品は整ってきましたが、実は取り崩しに向けたツールや商品はこれからです。

 

楽天証券は、投信の自動取り崩しサービスをスタートしていて、そこにはこれまでなかった定率取り崩しも可能になっています。しかし、今回提唱されている現金との比率を保ったまま引き出しを行う手法は、さすがに実装されていません。そのため筆者は年に1回、自分でこの引き出し&リバランスを行うべきだとしています。

 

本書を読みつつ、なるほどと思った点の1つは、投資先のシンプル化です。著者は、複数の商品で資産を築いた人も、リタイアにさしかかる5年くらい前から、順次資産をシンプルにし、先に挙げた4つのバランスファンドなどに統一すべきだとしています。リスク資産は、1つの投信に全部まとめるべきだというのです。それによって含み益が確定して税払も発生しますが、それでも資産のシンプル化は重要だといいます。

 

実はこれは、大いに賛同するのです。例えば、資産合計としてはプラスになっていても、1つの投信ではなく個別の商品を持っていたら、取り崩しのときに心が合理的な行動を妨げます。利が乗っている商品は一部売却できても含み損のものは売りにくいとかです。これは結果的にリバランスになって合理的となることもありますが、逆に向くことだってあります。

 

また人はどんどん年を取ります。リタイア後、例えば70歳、80歳で、現在と同じような資産管理ができるかは、そのときになってみないと分かりません。そして、その管理を家族に頼むのも難しいものです。ならば、人生後半戦のラストに向けては、できるだけ資産をシンプルにしておくことが、最終的な死亡時にも迷惑をかけないことにつながります。信託報酬が小さい投信は、こういうニーズにもうまく対応できるもので、確かに重要だと思うわけです。

 

↓取り崩しの際に重要になるのが、死ぬまで資産が持つか?です。それをアロケーションごとにシミュレーションしてみました

www.kuzyofire.com

↓『定年後のお金』は、まさに取り崩し手法を検討した一冊です。こちらも必読です。

www.kuzyofire.com

 

*1:リーマンショック時、株式はざっくり半値になりましたが、株式50%、現金50%のポートフォリオなら、損失は総資産の25%に収まります。

*2:年ごとに資産の4%を取り崩すのではなく、開始時の4%の額を毎年取り崩していく定額取り崩しであることには注意。