FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

可逆コンピューティング コンピューターはどこまで速くなるのか

普段の記事と全くジャンルが違うのですが、以前から興味のある「可逆コンピューティング」について書いてみようと思います。最初に質問ですが、コンピューターはいったいどこまで速くなれるのだと思いますか?

 

よく、ムーアの法則として、半導体の集積率≒スピードは18ヶ月で2倍になるということが言われます。このペースでスピードが上がったとして、いったいどこまで速くなれるのでしょうか?

究極のラップトップ

『宇宙をプログラムする宇宙』には、究極のラップトップという話が出てきます。1キログラム、1リットルの容積を持つ物体は、どこまで高速な演算をできるかという話です。

 

なんと、これは物理学的に答えがあります。

電子の存在しうる場所と、電子がここからそこへ移動する方法は、物理法則に支配される。この物理法則によって、一つの物理系がどれだけの量の情報を処理できるか、そしてその情報はどれだけのスピードで処理されるのかが決まるのだ。

 そして、コンピューターの演算の正体はビット切り替えです。そのため、どのくらいの速度でビットを切り替えられるかを計算すれば、物理的に最高速な、究極のラップトップが分かるというわけです。

マーゴラス=レヴィチンの定理によって、ビット切り替えの最大速度を計算できる。ビットの切り替えに使えるエネルギー量に四を掛け、それをプランク定数で割る。出てくるのは、そのビットを1秒間に何回切り替えられるのかという値だ。 

この計算の結果、1キログラム、1リットルの「究極のラップトップ」は1秒間に10の51乗の演算速度を持てることになります。よく出てくる1MIPSが、1秒間に100万回(10の6乗)です。これでいうと、10の14乗としてQIPSという単位もありますが、10の51乗は途方もない速さです。

 

それでも、ムーアの法則が続くなら、2205年にはこの速度に到達することになります。逆にいうと、ムーアの法則はどこかで止まるでしょう。

1秒間に10億の10億倍の10億倍の10億倍の100万倍(10^51)回の演算を実行できることになる。(中略)

もしムーアの法則がこれからもずっと通用するとしたら、2205年には究極のラップトップを店頭で変えるようになるはずだ。

メモリのほうはもっとすごいことになります。下記のように、ハードディスクの容量増加ペースが続けば75年で限界に達します。この本が書かれたのは12年前なので、あと60年少々で上限に達するわけです。 

究極のラップトップの中で振動している粒子は、10兆の10億倍の10億倍(10^31)個のビットを記録しているのだ。(中略)

メモリ性能に関するムーアの法則は、計算速度に関するムーアの法則より速いスピードで進んでいる。ハードディスクの性能は1年強で2倍になっているのだ。このスピードからいって、わずか75年で究極のハードディスクが作られることになるだろう。

宇宙をプログラムする宇宙―いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?

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熱とエネルギーの問題をどうするか 

究極のラップトップから、物理的に可能な上限の演算速度が分かったわけですが、そこにたどり着くにはほかにも物理的な制約があります。熱の発生と必要なエネルギーの問題です。

 

ではどうして演算にエネルギーが必要で、熱が発生するのでしょうか? 『宇宙をデコードする』という本には、エネルギーを必要とせず熱も発生させないコンピューターについて書かれています。

 

エネルギーを消費せずに、あるいは宇宙のエントロピーを増やさずにビットを付け加えることは可能だ。ビットを増やすこともあるだろう。ビットを否定することもあるだろう。しかし、これらの動作の中でたった一つだえ、コンピューターの中でおこなうことにより熱が生じるものがある。この熱が環境の中に散逸して、宇宙のエントロピーは増加してしまう。その動作というのは、ビットを消去することだ。コンピュータのメモリで行われる消去という動作には、エネルギーの対価が必要なのである。

宇宙を復号する―量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号

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 物理的な根本でいうと、ビットを変換するだけでは熱が発生しません。ビットを消去することで、初めて熱が発生するのです。これは、熱力学でいうエントロピーが関係しています。

 

どういうことか、もう一度『宇宙をプログラムする宇宙』から引用します。

熱力学の第一法則によれば、情報の総量は決して減少しない。(中略)情報は、作り出すことはできるが破壊することはできない。(中略)一方、消去というプロセスは情報を破壊する。消去の際、もともと0だったビットは0のままだが、もともと1だったビットは0に変わる。消去によって、ビットの中の情報が破壊されるのだ。だが物理法則は、ビットを消去するプロセス自体を認めていない。 

ある場所に存在する一つのビットを消去するには、必ず同じ量の情報を別のどこかに移動させなければならないのだ。(中略)

この原理は、ランダウアの原理と呼ばれている。

情報とはエネルギーのことであり、第一法則によればエネルギーは保存されるので、情報が破壊されるときは、別の形でエネルギーが生まれることになります。

電子式コンピュータの中で一つのビットを消去するには、単にこのバケツ(コンデンサ)を空にすればいい。コンデンサーが放電すれば、バケツは空になり、そのビットは0に戻る。だが、電子のミクロな状態は、そのコンデンサーが充電されていたかどうかを”記憶”している。つまり、コンデンサーから流れ出るとき、電子の温度は上昇するのだ。ビットの情報が、電子のミクロな運動へ変換されたことになるというわけだ。

  このように、ビットを消去することが、熱が発生する理由というわけです。逆に、熱が発生しないような演算であれば、エネルギーも必要としません。

ビットを消去しない可逆コンピューティング 

ここで可逆コンピューティングが出てきます。可逆コンピューティングとは、一切のビット消去を行わず、変換だけで行うコンピューティングです。ここではビットを消去しないので、熱が発生せず、つまりエネルギーも消費しません。

 

レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生』*1にはこう書かれています。 

1973年には、チャールズ・ベネットが、どのようなコンピューティングでも可逆的論理演算のみを用いて実行できることを示した。その10年後、エドワード・フレドキンとトマソ・トフォリが、リバーシブル・コンピューティングの概念を総括的に見直した結果を発表した。

その基本的な考え方は、中間の結果を全て保持して、計算が終わったときにアルゴリズムを逆向きに走らせたら、開始した地点に行き着き、エネルギーは一切使わず、熱も一切発生していないことになる、というものだ。

それでも、その過程で、アルゴリズムの結果は計算されている。 

ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき

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 このことからは、驚くべき事実も判明します。可逆的コンピューティングという見方を取ると、そのへんにある岩の塊も、超高速な演算をしているコンピューターだというのです。

コンピューティングの観点から、しかも電磁的相互作用だけを考えれば、1キログラムの岩の内部には、1ビットあたり毎秒10^15以上の状態の変化が起きていて、事実上、毎秒10^42回の計算をしていることになる。それでいて、岩はなんらエネルギーの入力を必要とせず、感知されるほどの熱も発生しない。

 そして、カーツワイルは、どうしたらその岩の演算を意味のあるものにできるかも説明します。

(岩は役に立つ仕事をしていない)そのわけは、岩の中の原子の構造が、大部分は実質的にランダムであるからだ。その反対に、もしも、素粒子をより意図的に構成させたら、熱を出さず、エネルギー消費がゼロで、10^27ビットのメモリをもち、毎秒10^42回の演算を行うコンピューターになるだろう。

 可逆コンピューティングは英語でリバーシブルコンピューティングとも言います。実際、次世代のコンピューティングとして開発の研究も進んでいます。

wired.jp

一方で、カーツワイルは、この可逆コンピューティングには、製造上以外の課題もあることを指摘しています。たとえば、異なるスタイルのプログラミングが必要になるでしょう。出力した答えから、入力したデータに完全に戻れなければいけないわけで、これは従来のプログラミングの概念とは大きく異なるものです。

 

また、コンピューティングの結果を知るには、回答を外部に送る必要があり、これは不可逆的なプロセスになります。つまり、送信するビットごとに熱が発生するわけです。とはいえ、内部演算にかかる熱がゼロになることを考えれば、出力による発熱は微々たるものです。

 

未来のコンピューターはエネルギーをほとんど使わず熱も出さず、それでいて超高速。こんな可能性が広がっていると思うと、ワクワクします。

 

以前、ガイア仮説といって地球自体が生きているという話がありましたが、適切に素粒子を構成した素材で地球を作ったら、超巨大な超高速超大量のメモリを持ったコンピューターであるともいえるわけです。