企業のキャンペーンに対する攻略法を最近よく書いています。そこから得られる収入を最適化するためのパズルのような趣があり、取り組むのが大好きなわけですが、こうしたキャンペーンではよくまぁお金をばらまくものですね。
そこで、なぜこんなにお金をばらまくのか、考えてみました。
- 現代において新規顧客獲得は最重要
- 顧客獲得コストとライフタイムバリュー
- ネットワーク効果
- どうしても発生する解約
- 既存顧客よりも新規を優遇するのはなぜか
- リピーターに向けたポイントシステム
- バラマキキャンペーンの限界
現代において新規顧客獲得は最重要
キャンペーンを打つ企業側から見ると、キャンペーンでポイントやら金品をばらまく目的は簡単です。新規顧客を獲得するためです。
優れたサービスや製品を開発しても、それを売らなくては収益は生まれません。売るための方法は、大きく分けてセールス(営業)とマーケティングがあり、単価の高いものはセールスを基本とします。一方で単価の安いものはマーケティングが中心になります。
狭義のマーケティング手法の中には、広告宣伝やキャンペーンがあって、これらを組み合わせることで、新規顧客を獲得していきます。
顧客獲得コストとライフタイムバリュー
最近よく還元系のキャンペーンを打つ業種は2つのトレンドがあります。1つは、新規にマーケットを作ろうという業界です。古くはFXがそうでしたし、ちょっと前は仮想通貨がそうでしたね。最近では、スマホ証券系とコード決済がそうです。
2つ目は、獲得した会員が継続的に収益を産む可能性が高いサービスです。金融取引系も決済系も、最初の会員登録のハードルが高いため、一度登録してもらえば使い続けてもらう可能性が高い。つまり、初期の顧客獲得コストをかけても、その顧客が生涯にもたらすであろう収益がそれを上回るというわけです。
この顧客獲得コストを、CPA(Cost per Aquisition)といったりCAC(Customer Acquisition Cost)といったりします。SaaS業界ではCACが多いですね。
一方の顧客が生涯に渡って生み出すだろう収益を、LTV(Life Time Value)といいます。企業側は、CACがLTVの何倍か? というような観点で、顧客獲得コストを考えます。
例えば、顧客獲得コストに5000円かかったとしても、その顧客が生涯で3万円の収益を生み出してくれるならOKというわけです。SaaS業界では、この倍率は3倍が基準とされていて、5000円払うなら1万5000円は売り上げが見込めないといけないと言われています。
ネットワーク効果
もちろんCACとLTVだけがパラメータだけではありません。というのも、サービスによっては利用者が増えることで幾何級数的に価値が高まるものがあるからです。これをネットワーク効果といいます。
たとえば電話やFAXが生まれたときのことを考えてみましょう。1人しか利用できる人がいなければ、これは何の価値もありません。ところが、利用者が2人、10人、100人、1000人と増えていくにつれて、連絡できる相手が増え、価値は急激に増加します。
これはメルカリのようなC2Cフリマでもそうですね。フリマの価値は、「欲しい物が出品されていること」と「出品されたものがすぐに売れること」にあります。これは鶏と卵の関係にあって、多くのものが出品されていれば買い手もたくさん集まりますし、買い手が多ければ出品数も増えます。そこで、運営側は初期は赤字であってもユーザーをなんとか集めようとするわけです。
このネットワーク効果でよく言われるのが、クリティカルマスです。利用者が一定の規模まで大きくなると、今度はそれを使わないことがデメリットとなり、放っておいても急速にユーザーが拡大します。この状態に至った製品で有名なのはPCのOSであるWindowsやOfficeソフトでしょうか。ネットワーク効果を活かしたいサービスは、このクリティカルマスに向けて、LTVを考慮せずとも新規会員獲得を続けるわけです。
どうしても発生する解約
一方で、キャンペーンなどで集めた会員の中にはどうしても解約が発生します。これを解約率=チャーンレートと呼び、事業運営上の重要な指標となっています。基本的には、新規加入率が解約率を上回っていれば事業は成長するので、ガンガン新規を取るという考え方が一つ。
解約率については、「そもそもキャンペーン目当て」でどっちにしろ辞めてしまうユーザーと、「サービス内容に満足できない」ために辞めてしまうユーザーがいるわけですが、前者はまぁどうしようもないですし、後者はサービスの質を上げるしかありません。
ではキャンペーン目当てで入ってくるユーザーがダメかというとそんなこともなく、さまざまなサービスに触れている可能性が高く、インフルエンサーであることも多いため、そういった人たちに評価されれば、効果的にユーザー数を獲得できるのです。
あまりサービスに関心がなかったのに、使ってみたらいいじゃん!となって、使い続けているサービスは、ぼくの場合でも、次のようなものがあります。
- PayPay ユーザー体験と小規模店舗での利用に優位
- 楽天モバイル eSIM体験と料金施策で優位
- Kyash アプリのUIUXとプッシュ通知で優位
逆に、キャンペーンで使ってみたものの、キャンペーンが終わったらこりゃ使わないなというサービスもあります。
- au PAY アプリのUIUXが悪い。カード連携や銀行口座連携が閉鎖的
キャンペーンさえ打てばLTVの高いユーザーを集められるわけではなく、あくまで良質なサービスに触れる機会を提供するのが目的であって、いまいちなサービスはいくらキャンペーンを打っても結局人は離れていくということですね。
既存顧客よりも新規を優遇するのはなぜか
冒頭で「新規顧客は最重要」と書きましたが、よくよく考えるとこれは意外は話でもあります。よく、2:8の法則と言われる通り、売り上げの8割は上位2割の顧客から生まれており、最も大事にすべきなのは既存の優良顧客だからです。
ところが、特に個人向けのサービスにおいては優遇されるのは新規顧客ばかり。既存顧客は「釣った魚には餌はやらない」とばかり、冷遇される場合が多いですね。携帯電話でいえば、キャリアを渡り歩くMNPユーザーには大きな値引きを提供する一方で、長年利用して料金を支払い続けているユーザーには大した特典が提供されません。
これはなぜか。一般にはスイッチング・コストが理由だと言われます。あるサービスから代替となる別のサービスに乗り換えようとした場合、そこには面倒な手続き、操作への慣れがないなどの心理的費用が発生します。そのため、いったん獲得した顧客は、よほど品質が悪いか、よほど他社が魅力的でない限り、そのサービスを使い続けるのです。
証券会社などは、UIUXが顧客を引き止める重要なポイントであるとともに、NISAやiDeCoなど、容易には移れない口座を作ってもらうことで、囲い込みを強化しようとしていますね。いったん獲得した顧客に対しては、金銭的なキャンペーンよりも、スイッチングコストが高くなるようにサービスを作り込むのがポイントになります。
リピーターに向けたポイントシステム
また消費財の買い物のように、スイッチング・コストがほぼゼロな場合はどうしているでしょう。あるお店で買い物をしたからといって、次の買い物もその店で行う必要はありません。こうした業種の場合、新規獲得と同じ用に既存顧客のつなぎとめ、リピータカー化が重要になります。
そこで登場するのがポイントシステムです。古くはスタンプ式のポイントカード、最近ではセンターサーバで顧客ごとのポイントを管理するポイントシステムが花盛りです。Tポイントなどの共通ポイントが、1業種1ブランドとしているのも、ポイントによって他店ではなく自店を選んでもらうためです。
ポイントシステムで現在最も成功しているのが楽天です。年間3000億円を超えるポイントを発行しており、各種サービスに契約することで還元率を上げる(SPU)などの仕組で、強固なリピーターを作り出しています。
さらにスーパーなどでは独自の電子マネーがポイントシステムと同様の効果をもたらしています。イオンの電子マネーWAONなどは、特定の日にチャージすると還元を提供しています。WAONが使えるスーパーは当然イオン系列なので、いったんチャージしたユーザーは自然とイオンで買い物を続けるわけです。
バラマキキャンペーンの限界
というわけで、バラマキキャンペーンが生まれる背景について考えてみました。一方でその限界は、次のようになります。
- 質が良くなければ結局解約する
- スイッチング・コストが高いサービスでしか成り立たない
キャンページ実施側の人の中には、「次から次へキャンペーンを渡り歩く人ばかり来ても……」などと言う人もいるわけですが、本当に価値があるサービスなら、そうした人も定着するのが実際のところです。キャンペーンが終了したら多くのユーザーが去っていくのなら、サービスの質に問題があるのではないか?と考えてほしいところです。
またいかにサービスにネットワーク効果を付加するかも、これからの開発にとって重要でしょう。シンプルなものならコミュニティなどもそうですね。さまざまなサービスでコスト低下圧力が年々厳しくなってきており、それをスイッチング・コストでカバーしているというサービスがけっこうあります。サービス内容が横並びのリテール向け銀行業務などは典型例です。
コストがかかってもこのサービスを使い続けたい。そんなふうに思わせる付加価値を付けられるかが、今後の勝負になっていくと思います*1
*1:ちなみに僕の中でそうなっているのはAmazonです。過去に購入した書籍などのデータが一元化されていることのメリットがあまりに大きいので、基本的に高くても本を買うのはAmazonにしています。