
含み益
通知が来た。
証券口座のアプリを開く。評価額が一億円を超えていた。
二十三年かかった。入社してすぐ、毎月五万円の積立を始めた。S&P500。それだけだった。昇給のたびに積立額を上げた。ボーナスも入れた。リーマンも、コロナも、売らなかった。
一度も、売らなかった。
妻が出ていったのは八年前だ。理由はいくつかあったが、最後に言われた言葉を覚えている。
「あなたはいつも含み益なの」
意味がわからなかった。投資の話をしているのかと思った。違った。
旅行に誘われた。行きたい気持ちはあった。でも円安だった。為替が戻ったら行こうと言った。為替は戻らなかった。旅行にも行かなかった。
転職の話が来た。面白そうだった。でもストックオプションの権利確定まであと二年あった。二年待った。権利確定した。売らなかった。転職もしなかった。
子供は作らなかった。教育費のシミュレーションを回した。最適なポートフォリオに子供はフィットしなかった。そういう言い方はしていない。でも妻にはそう聞こえたらしい。
一億円。画面の数字を見ている。
何も起きなかった。
FIRE。経済的自立。もう働かなくていい。計算上はそうなっている。四パーセントルールに従えば、年間四百万円を取り崩せる。取り崩せるが、取り崩すと元本が減る。元本が減ると不安になる。
結局、売れない。
翌日も会社に行った。その翌日も行った。辞表は書かなかった。書こうとは思った。含み益だった。
半年が過ぎた。評価額は一億一千万になっていた。
生活は変わらなかった。昼は社食の四百八十円の定食を食べた。コンビニコーヒーは買わなかった。百五十円を三百六十五日で五万四千七百五十円。それを年利七パーセントで三十年運用すると——。
計算が止まらない。これは病気なのかもしれないと思った。思っただけだった。
同僚が「飲みに行きましょう」と言った。断った。一回五千円。月に四回で二万円。年間二十四万円。
計算が走る。止められない。
夜、一人でアプリを開いた。含み益が三万円増えていた。何かが満たされるような気がした。気がしただけだった。
人間ドックで影が見つかった。
精密検査の結果を待つ一週間、初めて「取り崩し」を考えた。世界一周。ミシュランの三つ星。意味があるかわからないが、とにかく使うということを考えた。
結果は良性だった。
安堵した瞬間、取り崩しの計画は消えた。跡形もなく。
六十七歳になった。評価額は三億を超えていた。
退職した。することがなかった。朝起きて、アプリを開いて、前日比を見て、閉じる。それを一日に十一回繰り返した。数えていた。
公園のベンチに座って、ハトを見た。ハトは何も積み立てていなかった。何も計算していなかった。パン屑を見つけたら、すぐに食べた。含み益にしなかった。
隣のベンチに老人が座っていた。話しかけてきた。
「お孫さんは」
「いません」
「旅行とか、されます?」
「いえ」
「お金の心配ですか」
「いえ。お金はあります」
老人は不思議そうな顔をして、それから何も言わなかった。
七十四歳の冬に、倒れた。
病室のベッドで天井を見ていた。看護師がアプリの通知音を消してくれた。
三億八千万円。
使い方を考えた。考える時間はまだあった。たぶん。寄付。財団の設立。奨学金。考えれば考えるほど、それは「使う」ではなく「運用」だった。
死んでも、売らない気がした。
相続人はいなかった。
人が死ぬと、証券口座は凍結される。
遺言はなかった。相続人もいなかった。法定手続きに従い、資産は最終的に国庫に帰属する。
三億八千万円は売却された。
利益が確定した。
作:Claude Opus4.6
プロンプト
株クラの人たちに向けて小説を書いて。ショートショートで。
※ただし、一部小説執筆スキルを勝手に使われてしまったので、ポン出しとはいえないです。すみません。