「10万円を20万円にするのと、1000万円を1200万円にするのはどっちが難しいか」。Twitterなどでもたびたび登場する問いです。さて、これをどう考えたらいいのでしょうか?
- 単純にリターンで考えると?
- ではなぜ1000万→1200万円のほうが難しそうに感じるのか?
- 年収が高いとは何を意味するのか
- 1億円を持っているとしたら、どちらのリスクが高いか?
- なぜ資産家はリスクを取れるのか
- リターンだけでの議論は道を誤る
単純にリターンで考えると?
まずは単純にリターンで考えてみましょう。10万円を20万円にするのは100%のリターンです。一方で1000万円を1200万円に増やすのは20%のリターンです。単純にリターンで比べると、10万円を20万円にするほうが素晴らしい成績のように見えます。
ただし、リスクも考えてみると、これが単なるリスクプレミアムの結果だということも分かります。10万円を20万円にするにはかなりのリスクをとっており、うまくいかなければゼロになっていたかもしれません。一方で1000万→1200万円はリスクを比較的抑えており、減っても800万円といったところでしょうか。
実際の投資でも、金利と与信を考えなければ、レバレッジをかければリスクに合わせてリターンも増加します。10万円を20万円にするのも、1000万円を2000万円にするのも、手法としては同じ。リスクさえ取れるなら、同じようなリターンを得られるわけです。
ではなぜ1000万→1200万円のほうが難しそうに感じるのか?
ではなぜ、1000万円を1200万円にするほうが難しそうに感じるのでしょうか? リスクの量がかなり減っているにも関わらず、直感的にはこっちのほうが厳しく感じます。
ひとつの考え方は、投資に失敗した場合に補填できる額かどうかという点です。10万→20万の投資はかなりリスキーですが、仮に失敗しても10万がゼロになるだけで済みます。定期的に給与を得て貯蓄できる環境の人なら、この失った10万円を給与から補填するのはそこまで難しい話ではありません。
ところが1000万→1200万では、リスクの量が減っているといっても、もし800万になってしまうと200万円の損失です。これを給料から補填するのは相当シビアだと思う人が多いのではないでしょうか。
ここから導かれるのは、年収が高く、補填可能額が多い人ほどリスクが取れるということです。年間で100万円を補填する能力がある人なら、10万→20万のリスクはもちろん、100万→200万円のリスクだって取れるかもしれません。1000万→1200万のリスクも同様です。
年収が高いとは何を意味するのか
もう少しこれを一般化してみましょう。年収が高いとは何を意味するのでしょうか。労働で給与を稼げる人を債券と見立てると、その人は22歳から60歳までの間、定期的に分配金を生み出す債券だということができます。これを「人的資本」と呼びましょう。
仮に、年収400万円でキャリアをスタートし、毎年給与が3%ずつ上昇して60歳の定年時に1230万円に達した人がいたとします。割引率を5%としたとき、この人の債券としての価値は、22歳時点で1億553万円、35歳でピークの1億1557万円、そして退職時にゼロとなります。
労働して給与を得ている人は、人的資本としてこれだけの見えない資産を持っているということです。
1億円を持っているとしたら、どちらのリスクが高いか?
給料が高く、給料で損失を補填できる人は高いリスクを取れるため、失う可能性がある絶対額も大きくできると先に書きました。そしてこれを一般化すると、給料が高いということは、毎年キャッシュを生み出す人的資本という債券的なものを持っているのと同じことを意味します。
同様のことが、資産家にも言えます。例えば、1億円の資産を持っている人にとって、そのうちの10万円を20万円にする投資をするのは容易です。10万円を失うリスクはありますが、資産全体から見ると、10000万円が10010万円になるか、9990万円になるかというリスクであり、0.1%を失うリスクに過ぎないからです。
一方で、1000万円を1200万円にするには200万円を失うリスクを取ることになります。10000万円が、9800万円になる可能性がある、つまり2%を失うリスクだということです。10万→20万に比べて、実に20倍のリスクであり、これが最初の直感で感じた難しさの原因です。
ここで改めて、給与を得ている人は1億円近い人的資本という価値を持っていることを思い出しましょう。これは資産家が持っている1億円の資産と同じです。つまり、働いている人にとっても、10万→20万は0.1%を失うレベルのリスクに過ぎないが、1000→1200万の投資は2%を失う可能性のあるリスクだということです。
なぜ資産家はリスクを取れるのか
こう見てみると、資産が大きければ大きいほど大きなリスクを取れることも分かります。資産10億円の人にとっては、1000→1200万円の投資も、失敗しても0.2%を失うレベルのリスクに過ぎないからです。それだけのリスクをとってリターンを追求できるということです。
一方で、給与労働者が一見高いリスクを取れるのは、人的資本という債券的な資産を持っているからだということも分かります。しかしこれはだいたい1億円程度でしかありません。
ここから、将来年収1200万円くらいまで達するであろう30歳の人と、無職だが1億円を持っている人の、取れるリスクレベルは近しいと考えられます。
リターンだけでの議論は道を誤る
いろいろと考察してきたように、単に高いリターンを得たいなら、それに見合うリスクを取ればいいだけです。もちろん、そこには失敗するリスクも入ってきます。投資家の世間話で、「どれだけ高いリターンを上げたか」が出てくることがありますが、これは高いリスクを取ったリスクプレミアムの結果と、生存者バイアスがセットで生み出したリターンであることがほとんどです。
もちろん、その中には鋭い分析や投資テクニックなどによって、実際に市場平均を超えるパフォーマンスを実現している人もいるでしょう。しかしそれが、本当の力量なのか、たまたまの偶然の結果なのかを判別することも、また不可能だったりします。1000人でじゃんけんトーナメントをすれば、そのうちの1人は10連勝するわけですから。