政府はこれまでの方針を一転し、新型コロナへの対策として、国民全員に10万円を支給すると発表しました。困窮世帯に対して30万円という従来の支給方針と比べて、どうなのか、本当に支給は早くなるのか、などはともかくとして、今回は、その人口✕10万円という巨額の支給額を、最終的に、いったい誰が負担するのか? について考えてみます。
- 12兆5900億円もの総支給額
- 「国が負担する」は一時的にはそのとおりだが
- 永遠に国債を発行し続ければ大丈夫というMMT理論
- インフレにすれば債務は帳消しになる
- コロナ税の導入は不可避
- それぞれいったい誰が払うのか
- 現金と債券に注意
12兆5900億円もの総支給額
日本の人口は3月1日時点で、1億2595億人。1人あたり1万円を支給すると、実に12兆5900億円もの総支給額になります。あまりに金額が大きくて、イメージしにくいのですが、これを国の収支と照らし合わせてみます。
日本の税収は、国税と地方税を合わせて、令和元年度予算で、約107兆円。つまり、税収の12%もの額を支給するということです。この税収の内訳は、ざっくりと、所得課税が50%、資産への課税が15%、消費税が35%となります。所得課税は、所得税と法人税が半々くらい、また資産への課税は、固定資産税と相続税、贈与税が主です。
※財務省資料より
また、国の年間予算額が令和元年度で約101兆円。12兆円というのは、ちょうど法人税収と同規模になります。101兆円のうち、国債発行による収入が32兆円あるのも見逃せないポイントです。
※財務省資料より
そして税金の使いみちでみると、12兆円というのは、これだけ問題になっている社会保障費の3分の1にあたり、公共事業費と文京・科学振興費を合わせた額に相当します。
※財務省資料より
日本のGDP比で見ると、どうでしょうか。2019年のGDPは557兆円。分配面から見た場合、雇用者報酬はだいたいその半分を占めています。今回の12兆円は、雇用者報酬に対して4%少々の額ということです。
※富山県資料より
「国が負担する」は一時的にはそのとおりだが
この巨額の支給額に対して、立憲民主党の蓮舫議員が、「国民の借金」だとツイートして大炎上しました。
麻生大臣、このお金は貴方のものではありません。国債という国民の借金です。物言いに気をつけてください。
— 蓮 舫 ・ 立 憲 民 主 党 ( り っ け ん ) (@renho_sha) 2020年4月17日
手を挙げられない人々への対応策を講じないといけません。
また、この10万は生活不安への一時給付であって経済界から「消費のため」と言わせないでください。
https://t.co/rOgTlNyXvF
国債発行は政府の借金であり、国民にとっては資産にあたります。下記の記事に書いたとおり、国債発行によって通貨が発行される。それはそのとおりです。
ただ、この蓮舫議員の発言を、「経済学が分かってない」と、言葉の揚げ足を取るのはどうかと思います。国の借金をいったい誰が返すのかといったら、やはり国民になるからです。そうでなくても、GDPの2.5倍に相当する債務を抱えている日本です。これはいったいどうやって返すの? という疑問は普通に出てきます。
想定される返し方は、3つほどあります。
- 増税して高所得者から取る コロナ税
- インフレにして国民全体から取る
- さらに追加で国債発行する
永遠に国債を発行し続ければ大丈夫というMMT理論
最後の(3)から考えてみます。国民に支給する12兆円を国債発行でまかない、それを返すためにはまた国債を発行する。これを続ければ、借金は永遠に返さなくていい。いわゆる、MMT理論的な考えかたです。
MMT理論の是非はともかく、経済学的にもこれは間違っていないと多くの経済学者が言っています。確かに自国内で国債を消化できる限り、発行し続ければいくらでも未来に債務を先送りできるでしょう。ただし、MMTでは「インフレが起きそうだったらコントロールすればいい」としている所に論点があるようです。MMT派は、コントロールできると主張し、批判者は、インフレは止められなくなるといいます。
MMT理論のとおり、インフレをコントロールできればよし。しかし、コントロールできなかったときは、次のシナリオであるインフレによる返済に進みます。
インフレにすれば債務は帳消しになる
よくいわれるように、インフレになると実質的な債務は減少します。1億円借りていても、インフレによって1億円の価値が減少するからです。極端な話、100円の牛乳が100倍の1万円になれば、1億円の価値も100分の1になります。返さなければいけない借金も100分の1になるというわけです。
インフレによって債務を返すというのは、国民全員が広く返済するということと同じです
インフレは、その原因によって5種類に分類されると言われます。
- 需給好転によるインフレ みんながモノを買いまくることでインフレに。経済好調、いわゆるデマンドプルインフレ
- 消費増税によるインフレ 実質購買力が減少することでインフレに。景気後退
- 海外原料高によるインフレ 生産物の価格が上がる、コストプッシュインフレ。景気後退
- 円安によるインフレ 円安で輸入原料高へ。ただし、輸出企業の収益拡大も
- 通貨量増大によるインフレ 円の量が増えれば需給から物価上昇
国債発行とはすなわち通貨量増大ですから、基本的にはインフレ方向です。これはアベノミクスがずっと目指してきて、それでもやっとデフレ脱却できたかな、というところですね。
今回のコロナで懸念されるのは、まず(3)の海外原料高です。原油はコロナとは別の要因で下がりましたが、輸入環境が厳しい現状を見ると、輸入品の価格上昇が起きてもおかしくありません。
国債発行との関連で気になるのは、(4)の円安です。日本の大きな債務に対して、何年も海外ヘッジファンドは日本国債売りを仕掛けていました。その都度、それは失敗に終わっていますが、もしこれが成功すると、日本国債は大暴落、つまり長期金利は急上昇、それは合わせて円の信任が失われ、通貨安に進みます。国債破綻シナリオです。
さらに、次に検討するコロナ税による増税も、(2)のインフレ原因につながります。円安になると輸出企業は好調になるでしょうが、全体としてみると景気は悪化。つまり景気が悪い中でのインフレという、最悪のスタグフレーションに突入する可能性があるわけです。
コロナ税の導入は不可避
そして1つ目のコロナ税です。単に国債発行だけでは、財政規律を守れない国と見られ、国債そして円の信任を守れません。国債破綻シナリオを避けるためには、合わせて増税が不可避です。
東日本大震災のときに、復興税が作られたように、今回も「コロナ税」が用意され、女徳税や住民税、法人税に上乗せされるでしょう。復興税は、次の形でした。
- 25年間、所得税の税額に2.1%上乗せ
- 2年間、法人税の税額に10%上乗せ
- 10年間、住民税を年間1000円引き上げ
これにより、10.5兆円を捻出するとしています。今回も、10万円支給だけで12兆円になるわけで、同規模以上の増税が行われるでしょう。
株式利益に対する分離課税でも、通常の20%に対して、2.1%が上乗せされ、20.315%となっているのがこれです(所得税15%+その2.1%+住民税5%)。消費税は1%上げると約2兆円の税収増だそうなので、12兆円を賄うには1%アップを6年間続ける必要があります。いろいろな意味で、このタイミングでの消費税アップは不可能でしょうから、取りやすい所得税へ向かうことが想定されます。
それぞれいったい誰が払うのか
さて、では下記の3つのシナリオで、いったい国民全員に配った10万円は、だれがそれを最終的に負担することになるのでしょうか。
- 増税して高所得者から取る コロナ税
- インフレにして国民全体から取る
- さらに追加で国債発行する
まずコロナ税は、所得税を払っている納税者です。これは実際には、年収1000万円を超えるサラリーマンが、その約半分を払っています。1億2500万人の日本の人口のうち、サラリーマンは4700万人。そのうちの4%を占める「年収1000万超」の人たちが、所得税の49%を払っているのです。コロナ税は、この人たちに追加で払ってもらおうと話です。
※年収でこんなに違う 所得・消費税、あなたの負担は:日本経済新聞
インフレにして国民全体から取る場合、年金負担者を除く生活世帯が負担することになるでしょう。年金には「マクロ経済スライド」という、インフレに連動して支給額が増える仕組みが入っており、ある程度はそこで調整されるからです。
さらに、現金の価値がどんどん下がり、国債の価値も減るので、配分によっては資産家も大きな負担を被ることになります。株や不動産への影響は限定的となる可能性が高いでしょうが、円預金と国債という、日本人の大好きな資産は、軒並み大きく価値を減らします。
そして、追加の国債発行で凌ぐというMMT的作戦は、もしインフレをコントロールできたとしても、禍根の種を将来に先送りすることになります。うまくいっても次の世代に負担してもらうということです。
この状況は日本だけではありません。海外でも、手当り次第、できることは何でもやるというくらい、国のお金をばらまいています。財政規律をかなり厳格にしていた欧州でも、ガンガンやろうぜ、という感じです。
現金と債券に注意
ぼくは、日本に限らず、全世界的にインフレ懸念が高まっていると見ています。コロナの状況が収まらないにも関わらず、株価が下落せずに持ちこたえているのは、相対的に現金の価値が落ちてきているから。つまり、今持っていていいのは、株と不動産や金などの現物資産。
逆に、現金と債券はヤバいということです。特に債券は、中銀が買い支えているので暴落には至っていませんが、インフレの兆候が見えたら、それは金利上昇の引き金になるでしょう。つまり、債券価格の下落です。
こんな相場観で、資産の組み換えを行うとともに、インフレに備えて借金を増やしたいと思っています。
コロナは社会のありかたについて、みんなのムードを変えつつあります。コロナ後の世界について考察してみました。