投資の名著として名高い『マネーの公理』を読みました。いくつか注意点はありますが、たしかに名著でした。しかも、投資に関する心構えに関する内容なので、初心者から上級者まで、何かしらの学びがあるのではないかと思います。
『マネーの公理』の目次
最初に目次を挙げましょう。成功したスイスの投資家(本書では投機家)たちが、みんなで集まって投資を成功させるためのルールを明文化したというものです。全12個のルールから成り立っています。
- リスク:心配は病気ではなく健康の証である。もし心配なことがないなら、十分なリスクをとっていないということだ
- 強欲:常に早すぎるほど早く利食え
- 希望:船が沈み始めたら祈るな。飛び込め
- 予測:人間の行動は予測できない。誰であれ、未来がわかると言う人を、たとえわずかでも信じてはいけない
- パターン:カオスは、それが整然と見え始めない限り危険ではない
- 機動力:根を下ろしてはいけない。それは動きを遅らせる
- 直観:直観は説明できるのであれば信頼できる
- 宗教とオカルト:宇宙に関する神の計画には、あなたを金持ちにすることは含まれていないようだ
- 楽観と悲観:楽観は最高を期待することを意味し、自信は最悪に対処する術を知っていることを意味する。楽観のみで行動してはならない
- コンセンサス:大多数の意見は無視しろ。それはおそらく間違っている
- 執着:もし最初にうまくいかなければ、忘れろ
- 計画:長期計画は、将来を管理できるという危険な確信を引き起こす。決して重きを置かないことが重要だ
リスク
ほとんどの利益指向の資産運用は、それを投機と呼ぶかどうかにかかわらず、リスクを伴う。リスクのない投資と言えば、せいぜい銀行預金や国債などの口座にお金を預け入れることだけだ。
(ルールその1)
本書の特徴的なところは、「投資」とは呼ばず「投機」と呼ぶことです。一般に、投機とはギャンブルであり、破滅への入り口であり、資産を作り上げようとする人は決して手を出してはいけないもの、とされています。だから科学に裏付けされた「投資」をしましょう、と続くのですが、本書はこれを否定するところから入ります。
まったくリスクのない「投資」というのは銀行預金くらいであり、ほぼすべての投資にはリスクがあって、そのリスクを受け入れるかどうかがポイントだというのです。「投資」と呼ぶと、あたかもリスクがないような、長期的投資なら危険はほとんどないなんて感じがちです。
ところはこれは危険な考え方であって、リスクの大小はあるにせよ、必ずリスクを取っている。投資なんて呼び方をして安心してしまうと足元をすくわれる。そんな考え方のもと、敢えて「投機」という言い方をしているのです。
彼らは、非常に賢明で注意深いふりをする。自分はリスクをとっていない、投機などしていないと、恐れている言葉をこっそりつぶやく。ギャンブルとは違う、投資しているのだ
(中略)
ジェラルド・ロブが言い表したように、「すべての投資は投機である。唯一の違いは、ある人はそれを認め、ある人はそれを認めないこと
(ルールその1)
このリスクを取る姿勢というのが重要です。呼び方はともかく、目論見通りにいかなかったときに傷つくことを覚悟しなくてはなりません。インデックス”投資”だって暴落時には40%も資産が毀損するのです。リスクがないなんて思っていたら、いざというときに継続できなくなります。
そしてほとんどの人にとって、お金が減るのはいやなものです。しかし投資しなければ、銀行預金では増やすことはかないません。心が心配くらいになるくらいの額をリスクにさらすこと。これがまず第一歩だといいます。
投機するなら、傷つくことを厭わない気持ちでスタートしなければならない。少しでもいいから、心配になるような金額を賭けるの
(ルールその1)
分散投資
ルールその1の「リスク」の副定理として出てくるのが分散投資です。「分散投資の誘惑に負けないこと」とされています。これは一般的な投資理論と真逆なようにも感じます。しかし、解説を読むとそのとおりだと分かります。
- 分散投資はリターンを減少させる
- 分散投資は利益と損失を相殺してしまう
- 分散投資は複数の投資先を管理しなくてはならない
このそれぞれは全く合っています。利益と損失を相殺させることで市場のリターンに近づけ、リスクを減少させるのが分散投資だからです。個別株よりインデックスはリターンが下がりますし、インデックスよりマルチアセット分散はリターンが下がる傾向にあります。ここでいうのは期待リターンではなく最大リターンですが。
だから、分散させるにしても3つか4つ、多くても6つとルールは述べています。ただここで言っていることの真意は、分散それ自体を目的にしてはいけないということです。
分散投資を行うために分散するのであれば、それはやめるべきだ。(略)
結局、必要でないたくさんの高価なガラクタを持って家に帰ることになる。
(ルールその1 副定理)
興味も調べるつもりもないのに、分散させるがためにメインの株式と違う領域の株を買うこと。それを戒めているわけです。
解釈はさまざまですが、現在は指数連動のインデックス投資商品があります。この実態は数百以上の株への分散投資ですが、この場合、投資家は複数の株を買っているのではなく、指数自体を買っているわけです。そう考えると、インデックスETFを買うことは、マネーの公理が説くルールに全く反していないと言えるでしょう。
希望
ルール3は希望です。「船が沈み始めたら祈るな。飛び込め」とあります。要は、想定と違った場合、「いやいつか値は戻るはずだ」と祈るのではなく、海に飛び込んで逃げる、つまり損切りするべきだということです。
損切りの重要性は投資の成功者は必ず述べていることです。そして本書では、「船が沈み始めたら、なのだ」と強調します。船が半分水に浸かるまで待ってはいけないといいます。
早い段階で見極めをつけ、さっさと逃げること。これが難しいのは、損切りというのは自らの失敗を認めることであり、人間は自分の失敗を容易に認められるようにはできていないからです。そしてだからこそ、ルールに頼るのではなく、自らの失敗を認め、決断できる能力を磨くべきだといいます。
私の考えでは、自動的な損切りのメカニズムなしにやったほうがいいと思う。その代わり、自分自身の、困難な決断を下す能力と、それに従う能力に頼るのだ。あなたは、わずかな訓練で、自分がどんなにタフになれるかという事実に驚くだろう。そして、それはリスクをとる者にとって、人生における特別な報酬をもたらす。
(ルールその3)
確かに本当にこれができるようになったら、その人は投資以外では身につけることの難しい、本当にすごいスキルを身に着けたといえるでしょう。
直観
ルール7は直観です。「直観は説明できるのであれば信頼できる」といいます。これはどういうことか。
直観を感じたら、最初にすべきことは、その直観を生み出すほど巨大なデータの図書館が、あなたの心の中に存在しているかどうか、自問することである。
(ルールその7)
直観とは、その人がこれまで蓄えた豊富な知識から総合的に浮かび上がってくる示唆です。ロジカルに判断しなくても、これまでの膨大な知識や経験から「きっとこうではないか」という直観が浮かび上がってくるわけです。
そのとき重要なのは、自分にはその直観を生み出すような知識や経験が本当にあるのか?ということです。将棋や囲碁の名人は、ロジカルに先読みをするだけではなく直観的に指します。 これは過去の知識や経験が直観を生み出しているからです。では、投資判断で、それだけの過去の知識や経験があるかどうか。まずはそれを振り返れといいます。
私の個人的なルールでは、自分が起こってほしいことが起こるという直観に対しては、常に懐疑的であれというものだ。
(ルールその7)
そして人は自分に都合の良い予想をするという悪癖があります。つまり、起こってほしいことを示す直観は、希望的観測である可能性が高いわけです。よく知っていて経験豊富な領域で、「これはマズいぞ!」という直観が発生したら、それには耳を傾けてみるのもありでしょう。
執着
ルール11は執着。「もし最初にうまくいかなければ、忘れろ」というものです。往々にして人は自分が選んだ投資先に固執するものです。例え業績が悪くなっても、いやこの会社はいずれ復活するはずだ、と思いがちです。結果何をするかというと難平(ナンピン)買いするわけです。
難平買いをしたくなった場合には、次のように自問すべきだ。「100ドルで買ったホー・ボーイ株を、もし持っていなかったとしたら、その株をいま50ドルで買うだろうか。
(ルールその11より)
この視点は極めて重要です。10万円で買ったA社の株が5万円まで下がったとしましょう。直観としては、A社の株はいずれ戻る、と思っています。選択肢は3つ。損切りして売る、このまま持ち続ける、追加で買い増す(ナンピン買い)。さてどうするか。
このとき、A社をもし持っていないとすれば、5万円のA社を新たに買いたいと考えることができるかどうか。もしそうなら、持ち続けても倍額で買う(ナンピン買い)のもありでしょう。でも、持っていなかったならA社は買わないよ、ということならすぐに売却が望ましいですえん。含み損といっても、それは損であり、税金さえ考えなければ全く同じものだからです。
A社が本当にいずれ値を戻すにしても、フラットに考えて、もし別の会社のほうが早く大きく上昇すると見込んでいるなら、そちらを買うべきです。そう思いますよね。
計画(長期投資)
ルール最後の12は、長期投資について。「長期計画は、将来を管理できるという危険な確信を引き起こす。決して重きを置かないことが重要だ」。これは、投資なら安心という間違った思い込みと同じく、長期投資なら安心だという安易な判断を戒めるものです。
長期投資では、たった一つの決断を下せばいい。「私はこれを買って、ずっと持ち続ける」。そして、あとはリラックスして過ごすのだ。これは、われわれの誰もが持ち合わせている二つの習性、怠惰と臆病に迎合する
(ルールその12より)
確かに長期投資には、値上がり値下がりを気にしないで済む、売買のタイミングを気にしないで済むという大きな利点があります。一方で、 投資にはリスクがあるということを忘れ、損切りなんて必要ない、という思い込みに逃げ込んでしまうというわけです。
根を下ろしてはいけない。すべての投資は、少なくとも三ヵ月ごとに再評価して、投資を継続することが正当化できるかどうかを確認しなければならない。次のように自問し続けるのだ。「その投資を、いま初めて行なうとしても、同じようにお金を投じるだろうか? 当初に設定した手仕舞いポイントに向かって、順調に価値を増しているだろうか。
(ルールその12より)
先程のナンピン買いの誘惑と同じく、3ヶ月ごとにそのポジションを再評価して、 「いまこのポジションを持っていなかったとしたら、新たに買うか?」を自分自身に問いかけるべきだという話です。これは全く同感ですね。
仮にデイトレードのように、毎日ポジションを閉じて精算したとします。翌朝、再びなにかに投資するわけですが、昨日と同じ銘柄を果たして買い付けるかどうか? そう考えるだけで、どうするのが正解が分かります。
インデックス投資家は「マネーの公理」をどう捉えるべきか
さて、一つひとつをみると、昔から投資に関して言われていることの集大成です。ただし、特にインデックス投資家にとっては気になる言葉がありますね。そう「分散はいけない」というのと「長期投資には重きをおくな」です。これをどう解釈して、どう活かすべきでしょうか。
ほしい銘柄だけでなく、「分散するために分散する」のは確かに避けるべきですね。インデックス投資家でも、VTIに加えてSPYDやHDVなどを保有している人がいますが、もしこれが分散目的ならば、あまり効果はないでしょう。ただし、個別株を買うのではなく指数をインデックスとして買うのであれば、それは分散ではないと考えます。どうしてそういえるかは、本書にも書いてあるとおり。
長期投資は危険というのも、個別株とインデックスでは話が違ってきます。この2つはベットする対象が異なるからです。個別株は、その企業の将来に投資します。いったん状況が悪化すると、もしかしたら倒産するかもしれないし、そもそも状況の悪化は構造的なもので、復活は難しい(かとんでもなく先)かもしれません。
一方でインデックスは、経済全体の成長と企業群に投資します。個別の企業が倒産しようと、それは大きな意味を持ちません。代わりに競合の売上が伸びるなら、それでもいいからです。経済の倒産とは、インデックスではリーマンショックやコロナショックのようなものを指しますが、各国家は個別企業を救済することはまれでも、経済全体は救済するのが基本です。
個別株のように5倍、10倍にはなりませんが、10年で2倍くらいにはなってくるのがインデックス投資です。本書の教えのとおり、株価が下落している最中に、「チャンス!」と思い新たにインデックスの買い付けを行えるなら、これは正解だと言えるでしょう。
それでも、インデックス投資もリスクを取った投資であることはいくら注意してもしすぎることはありません。たまたま何十年も株価は上昇してきましたが、今後もそうである保証はありません。米国株だって、全く上がらない時期が10数年続いたことがありました。新興国株ももう10年以上ずっと横ばいです。長期投資だから安心ということはなく、そこには「投機」が潜んでいるということは、改めて実感した一冊でした。
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