考え始めると価格というのは本当に面白いものです。どのように価格を付けるか。このプライシングという手法は、どのように考えられてきて、どう進化してきたのでしょうか。
ミクロ経済学でいう、需要と供給
価格の決定プロセスはミクロ経済学の基本ともいえるものでしょう。価格が高ければ生産者は供給を増やし、価格が低ければ購入者は大量に購入しようとする。その2つの曲線が交わるところが均衡点と呼ばれ、価格はそこに決まるとされています。市場による価格の決定プロセスであり、これは市場による資源配分の仕組みでもあります。
ところが、ここにはいくつもの前提があります。供給側も購入側も価格の状況を知っているという完全情報を前提としていますし、需要や供給の変化によって数量や価格を即座に変更できるという弾力性も前提としています。
実際は、市場Aで取引されている価格は市場Bでは知らされていない場合が多いですし、需要が増えても生産は簡単には増加できません。経済学はみんなそうですが、いくつもの非現実的な前提を置いたモデルだということです。
そしてこのモデルは、需要と供給の状況によって常に価格が変動することをイメージさせます。つまり、都度都度の価格交渉に近いかもしれません。
固定価格の誕生
いまでも途上国にいけば、買い物は価格交渉で始まり、価格交渉で終わります。相場価格があるというよりも、各人の「需要」に応じて価格は常に変わるわけです。
タクシーで観光地まで行くときの料金は、日本人にとっては1000円でも妥当ですが、現地人にとっては100円が妥当。購入側によって、サービスに見合う価格が異なるなら、価格も違って当然です。これをうまく実現するのが価格交渉だというわけです。
ただし、これは不完全情報下では不信を呼びます。1000円の価値があると思って買ったら、全然想像と違った。こんなことが起き得るからです。これはよく中古車にたとえて「レモン」と呼ばれます。中古車は買ってみるまでコンディションが分かりません。不良品=レモンを掴まさせるかどうかのリスクを負いながら、価格交渉をして買わなくてはいけないからです。
そして、産業革命を迎え大量生産の時代に入ると、固定価格が広まる素地ができました。工場で定格通り作られた製品は、同一スペック、同一性能です。こと供給側からの情報についてはある程度完全になってきたからです。
世界的には、1870年代に価格タグが発明され、それまで交渉が主流だった価格に、固定価格がやってきたといわれています。国内では、江戸時代に三越が「定価販売」を始めたのが最初だといわれています。三越は、これまで当然だった持参売り、ツケ払い、交渉価格を止め、「店頭売り」「現金払い」「固定価格」を実施しました。これが評判を呼び店舗は大繁盛。しかし業界からは迫害されたとか。
そして現在では、一般小売では固定価格が普通になっています。同規格品の大量生産と相性がよく、交渉コストがかからないことがメリットなのでしょう。
固定価格ではない場合
でも、すべての品物が固定価格になったわけではありません。現在でも、次のようなものの多くは価格交渉が行なわれています。
- 対法人への販売
- 高価なもので一つ一つ違う(家)
- 同じものだが高価(自動車)
さらに、C2Cのオークション/フリマサービスでは、低価格でも一つ一つが違うものに関して、オークションまたは値下げ交渉が行なわれています。
これはおそらく次の2点が理由でしょう。まず価格交渉はコストが嵩むことがデメリットでしたが、逆に価格が高いものの場合は、価格交渉の価値が出てきます。法人向けの販売は価格が大きい場合が多いため、交渉のメリットがあるわけです。
2つ目はテクノロジーです。C2Cのオークション/フリマサービスがネットでのみ行なわれているのを見ても分かるように、ITの活用によって価格交渉に伴うコミュニケーションコストが大きく下がりました。これによって、固定価格のデメリットを価格交渉のメリットが上回るわけです。
価格を変えるメリット
では価格を都度都度変えることのメリットとはなんでしょうか? それは需要側の状況によって価格を変動させることで、売り上げを最大化できることです。
あるモノやサービスの値段が100だとしても、買う側にとってはその価値は300かもしれないし、50かもしれません。300の価値を見出している客にとっては100で買えればお買い得ですが、売り手から見ると200の機会損失です。50の価値を見出している客は、100の固定価格だったら購入しません。この場合は100の機会損失が生まれることになります。
ところが、客Aには300で販売し、客Bには50で販売できれば、客Aも客Bも自分が評価する価格で購入でき、売り手の売り上げも3.5倍に増加します。本来価格とは、個別に違ってしかるべきともいえるわけです。
ダイナミックプライシング
このため、対法人の高額な販売では、同じ商品であっても大企業相手には定価で販売し、中小企業相手には大きくディスカウントして販売するのが普通に行なわれてきました。しかし、個人向けのプライシングでは、そのようなきめ細やかな価格付けはコストがかかり過ぎ、固定価格しか取り得ませんでした。
ところが、昨今テクノロジーがこれを変え始めています。いわゆるダイナミックプライシングです。需要状況によって動的に価格を変動させるというものです。
有名な例だと次のようなものがあります。
- 航空券価格
- ホテル宿泊価格
さらに、昨今では、次のようなものにダイナミックプライシングが取り入れられてきています。
- タクシー料金(Uber)
- スポーツの試合やライブなど
この取り組みは、やもすれば、「需要が大きいからといって値上げしているのでは」などと捉えられがちです。言ってみれば、「どうしても必要だ」という人の足元を見て、高い値段をふっかけていると見られることがあるというわけです。
一面においてはこれは真実です。公共財のような誰もが入手する権利を持つものはダイナミックプライシングにそぐわないでしょうし(電力不足の場合を考えると分かります)、公平性を重視するアーティストであれば、「お金持ちのほうがライブに来やすい」という立て付けを良しとしないでしょう。
一方で、生産したものを適切な価格で届けるという観点で考えれば、ダイナミックプライシングが良い仕組みなのは間違いありません。空席のままで飛行機を飛ばすのであれば安くても販売したほうがいいですし、空室のままよりは安くても宿泊客を入れたほうがいいからです。
需要に合わせてモノやサービスの値段を変動させるダイナミックプライシングは、テクノロジーで既に実現しており、あとはそれをどれだけ精緻化できるかという状況です。スーパーでも、夕方になると売れ残りに50%オフの値札を貼って回りますが、これをもっと高度化した形ですね。
実は始まっているダイナミックプライシング
一方で、販売する相手に合わせて価格を変動させるダイナミックプライシングはもっとセンシティブです。以前、米Amazonがダイナミックプライシングにトライして炎上したことがあります。裕福なユーザーには高い価格を表示し、貧困ユーザーには低い価格を提示しました。あるユーザーがcookieをクリアしたところ、価格が下がったことからこれが発覚したというのです。
これは人の価格に対する捉え方をよく現しています。固定価格が存在していて、自分にはそれよりも高く売ろうとしているように見えたら、不公正だ!と感じるわけです。
もっとも、不公正だと感じにくい属性別のダイナミックプライシングもあります。「女性限定割引」「シニア限定割引」「学生料金」「子ども料金」などが典型例です。こちらはよくよく考えると、同じサービスであっても、働き盛りの男性には高い価格を提示しています。
一休レストランの取り組みも興味深い例です。
まずはネット上の行動データなどから、「このお客さんは今、この店を予約すべきかどうか迷っているな」という瞬間を捉える。そして「今、ご予約いただければ、6000円のコースが1000円オフになります」といったクーポンを表示するなどして、予約の成立を促すのです。
これはモノやサービスの需要に合わせたダイナミックプライシングではありません。ユーザーの属性や行動に合わせたダイナミックプライシングになります。
一物一価の幻想
以前から経済学では「一物一価の原則」ということが言われてきました。しかし、これは下記のような前提を置いた場合に成り立つもので、実際の社会では同じものでも異なる値段になるのが本来は当たり前なのです。
- 完全知識・完全競争の前提
- 交換の当事者は個人ではなく全体
- 無差別の法則(一物一価の法則)
- 交換を無限に小分割が可能な財間の交換に限定
それでも一物一価の幻想のもとにさまざまな事柄が組み立てられてきたのは、ひとえにテクノロジーが未成熟だったともいえます。今後は、需給状態によって価格が変わるのはもちろん、購入者の属性や行動によって細かく価格が変わるのが当然になっていくでしょう。
そしてこれは、本質的には売り手買い手の双方にメリットをもたらすものなのではないか? そんなふうに思っています。