FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。投資歴20年以上。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家。ロジックとエビデンスを大事に、運と不確実性を愛しています。

ソフトバンクGのコールオプション取引、ブル・コール・スプレッドとは?

ソフトバンクグループ(SBG)が米ハイテク企業に関してオプション取り引きを活用したことが、「市場を撹乱した」と批判の対象になっています。WSJによれば、オプションの購入額は40億ドル(約4200億円)と言われています。オプションはレバレッジを伴うので、エクスポージャは300億ドルとも500億ドルとも言われています。

jp.wsj.com

実際のところはともあれ、今回のオプション取り引きはどのようなものだったのでしょうか?

コールオプションが中心

初報となったWSJの記事では「取得した現物株やその他の銘柄に連動するコールオプションを購入」となっています。コールオプションとはよく「買う権利」と呼ばれますが、「決められた期間に、決められた価格を超えたら利益が出る」権利をお金を出して買うというものです。

 

例えば500ドルの株式について、2週間後、行使価格550ドルのコールオプションを買ったら、次のようになるイメージです。

  • 550ドル到達するまでは無価値 権利を買った額分の損失
  • 550ドルを超えたら、上昇した分だけ利益 権利を買った額はコスト

図解にすると次のような感じ。権利を買うのにプレミアムを支払うので最初は損失ですが、550ドルを超えて株価が上昇すると利益が増加していきます。

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これを見れば分かるように、実はコール買いはデリバティブといっても、損失は限定、利益は無限大という、株式に比べて保険付きの取り引きだということが分かります。

「危険な賭けだ」。FTは銀行員のこんなコメントを紹介した。オプション取引は使い方次第で損失が無限に膨らむ。報道が事実であれば市場に不安が広がるのは当然だ。

ソフトバンクG「4200億円の賭け」の深層 (写真=ロイター) :日本経済新聞

日経はFinacial Timesからの引用でこのように書いていますが、コール買いが本当ならちょっとミスリードな書き方です。

実際はブル・コール・スプレッド?

とはいえ、日経はその後フォローを入れます。

実態は報道とはやや異なるようだ。今回、SBGが採った方法は権利行使価格の低いコールを買い、行使価格の高いコールを売る「ブル・コール・スプレッド」という手法とみられる。これは、相場がゆっくり上昇すると考える際に使う戦略で、利益は少ないが外れた場合の損失も限定されるスキームだ。

このブル・コール・スプレッドとはどんなものでしょうか。オプションは「コール買い」といった単体で使うよりも、現物や先物、別のオプションと組み合わせて売買することが多くあります。これは、「コール買い」と「コール売り」の2つを組み合わせたポジションになります。

 

コール売りは、コール買いの反対なので、損益曲線もひっくり返ります。最初にプレミアムを受け取る代わりに、株価が上昇すると損失が無限大に拡大するものになります。

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こんな感じの損益曲線です。この2つを組み合わせると、当然ながら損も得もない、損益曲線はフラットになってしまいます。そこで、行使価格をずらします。コール買いの行使価格は550ドルで、コール売りのほうは例えば600ドルにします。

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この2つの損益曲線を合成すると、結局次のようなポジションになります。ブル・コール・スプレッドの完成です。

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このポジションは550ドルまでは一定の損失、そこから600ドルまでは利益。600ドルを超えるとフラットです。ではなぜ組み合わせるかというと、コール買いにはプレミアムを支払う必要がありますが、これをコール売りで受け取るプレミアムである程度相殺できるからです。600ドル以上の利益を諦める代わりに、550ドル以下の損失が少なくて済むわけです。つまり裸のコール買いに比べれば保守的なポジションだということです。

日本経済新聞の取材に対し、ソフトバンクG関係者は7日、「短期的な収益を狙うだけの取引は実行していない」と強調した。一連のオプション取引は投資効率を高める目的のほか、価格変動リスクをヘッジするなどの目的にも活用されていたようだ。

ソフトバンクG、オプション取引含み益40憶ドル FT報道 :日本経済新聞

この記事の意味はこういうことです。

 

また、「もう少し相場は上がるかもしれないが、天井は近い」と考えているときにも最適なポジションです。無限の上昇による利益を諦めることで、コール買いのコストを減らせるわけですから。

ソフトバンクGのコール買いが株価を上昇させた?

もう一つ、こうしたコール買いが直近の米国株高の要因となったという見方もあります。

FTはコール取引の総額が額面ベースで約300億ドルに上り、こうした大口売買が米株式市場を歴史的な高さに引き上げた一因になった可能性があるとした。

ソフトバンクG、オプション取引含み益40憶ドル FT報道 :日本経済新聞

これはどういうことか。ソフトバンクGのような大口投資家は、通常市場で株やオプションを取り引きしません。あまりに株価への影響が大きいからです。では誰から買うのかというと、大口を相手にする証券会社(投資銀行)です。

 

オプションの売り手は、もしも株価が上昇したらソフトバンクGに膨大な支払いをしなくてはなりません。こうしたリスクを軽減するため、この取り引きのヘッジを行います。つまり、ソフトバンクGにコールオプションを売るとともに、もし株価が上昇しても損をしないように、自分でもその株式を買うのです。

Members of r/WSB believe they’ve discovered a kind of perpetual motion machine in the interplay of stocks with options contracts, which offer a cheap way to bet on whether shares will rise or fall without buying the stock itself. It goes like this: Members make bets that rely on market makers, the professional middlemen who sell you a “call” (a bet on shares rising) or a “put” (a wager on a decline). Market makers, like good bookies, don’t want to go out on a limb. When taking a bet, they lay off the risk. If someone buys a call, for instance, speculating on a rally, the dealer buys stock in the underlying company. If the stock rises, the dealer may have to pay out on the option—but that’s offset by the gain on the shares.

r/WSBのメンバーは、株とオプション契約の相互作用の中に、ある種の永久運動機関を発見したと考えている。その仕組みは次のようになっている。会員は、マーケットメーカー、つまり「コール」(株の上昇に対する賭け)や「プット」(株の下落に対する賭け)を販売してくれるプロの仲買人に頼って賭けを行います。マーケットメーカーは、優れたノミ屋のように、自分の予想を裏切ることはしません。賭けをするときには、リスクを回避します。例えば、誰かがコールを購入して、上昇すると予想した場合、ディーラーは原資産となる会社の株を購入します。株が上昇した場合、ディーラーはオプションの支払いをしなければならないかもしれませんが、それは株の利益で相殺されます。 

Bloomberg - Are you a robot?

 今回のエクスポージャは300億ドルとも500億ドルとも報道されており、この額をヘッジするために、同額の株式を買ったのだとしたら、当然それは株価を押し上げます。

 

Redditに投稿されたように、株価が上昇すると儲かるオプションを買うと、その売り手はリスクをヘッジするために株を買うことになり、それが株価を押し上げるわけです。買ったオプションが十分に多額ならば、このことが実際に株価を上昇させる。これが「永久運動機関」と呼ばれる仕掛けです。 

インザマネー・デビッド・スプレッドとの違い

余談ですが、もう少しこのスプレッドについて。

 

今回の例では、現在の株価が500ドルのときに、行使価格550ドルのコールを考えました。このコールは株価が上昇しないと無価値です。このように、現在の株価が望んだ方向に動かないと無価値になってしまうオプションをOTM(アウト・オブ・ザ・マネー)と呼びます。

 

逆に、買った瞬間から価値を持つ、株価が上昇しなくても本質的な価値を持つ行使価格はITM(イン・ザ・マネー)といいます。現在の株価が500ドルのとき、450ドルの行使価格のオプションがそうです。「現在500ドルの株を450ドルで買う権利」ですから、買った瞬間から価値があるわけです。

 

オプションの価値は、本質的価値と時間的価値に別れますが、OTMオプションは本質的な価値はゼロ、時間の経過とともに利益を生む可能性があるという意味で時間的価値を持ちます。この価値=売買価格であるプレミアムです。ITMオプションは、時間的価値に加えて本質的価値を持ちます。先の例では50ドル分は本質的価値ですね。

 

同じくコールを買い、高い値段のコールを売るポジションの中でも、ITMのコールを買うポジションを「イン・ザ・マネー・デビッド・スプレッド」と呼びます。

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損益曲線の形は同じですが、違いがあります。「株価が上昇すると利益」とさらっと書きましたが、株価が1上昇したときにオプション価格が上昇する割合は、実は一定ではありません。行使価格と現在の株価との関係で、その比率は大きく異なるのです。

 

深いITMのオプションでは、その比率が1になります。つまり株価が1上昇するとオプション価値も1上昇です。現在の株価と行使価格が一致する、ATM(アット・ザ・マネー)のオプションでは、この比率が0.5になります。そしてOTMになるに従って、比率はどんどん下がっていきます。

 

この比率のことを、デルタと呼びます。そしてデルタとITM/ATM/OTMの関係は次のようになります。

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このことから何が分かるでしょうか。もし株価が上昇すると強く見込んでいるなら、株価の上昇に従ってオプションの価値も急速に上昇していくほうがいいですね。ということはデルタが大きいほうがいいわけです。そしてデルタはITMに近づくにつれて大きくなります。

 

OTMのコールを買うブル・コール・スプレッドに比べて、ITMのコールを買うイン・ザ・マネー・デビット・スプレッドのほうがデルタが大きくなって、効率がいいわけです。一方で、ITMのオプションは本質的価値が含まれるために買うときのプレミアムが高く付きます。その高いプレミアムをカバーするために、OTMのコールを売るわけですが、どのくらいのバランスにするかは投資家の腕の見せどころでしょう。

 

ちなみに、デルタのようにオプションで重要な指標にはグリークと呼ばれ、デルタ以外にもいろいろ存在します。コールの買いと売りを組み合わせるポジションでは、そのほかのガンマやベガ、セータが、それぞれ売りと買いである程度打ち消し合ってくれるというメリットもあります。どのくらい打ち消し合うかは、ATMから買いと売りのどちらが離れているかで変わります。

 

今回のソフトバンクGの取り引きが、実際にどのようなオプションのポジションだったのかは分かりません。ただし、世間を昔賑やかした「デリバティブ取り引きで破綻」というような、ギャンブル的なオプションとは違うでしょう。詳細にリスクを検討した上で、コール売りのような保険をかけ、さらには自分たちの行動が実際に株価を上昇させる可能性も考えた上での取り引きでしょう。

 

ソフトバンクGは、事業会社からバフェットのような投資会社を経て、いまやどんどんヘッジファンドに近づいているように思います。

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