『ウォール街のランダムウォーカー』の12版第4章は、21世紀のバブルについて。ドットコムバブルからリーマンショックにつながる米国不動産バブルについて触れているのですが、12版ならではの記載はやはり、ビットコインバブルです。
仮想通貨バブルは史上最大のバブル
著者、バートン・マルキールは、仮想通貨バブルについてこう記しています。
仮想通貨は他の資産類に比べると市場規模は小さく、世界経済に及ぼす影響も限られている。しかしビットコインやそれ以外の仮想通貨の価格の暴騰ぶりは、あのオランダのチューリップバブルをも遙かに凌ぐものになっている。
2008年に誕生したビットコインは、次第に価格を上昇させてきましたが、本書原著が出た2019年に触れている仮想通貨バブルは2017年の熱狂を指していると見ていいでしょう。
著者は「仮想通貨バブルは史上最大規模のバブルと言って差し支えない」と書いています*1。
意外と仮想通貨を否定していないバートン・マルキール
本書はさまざまな投資商品を批判的な視点で解説しているのですが、ビットコインに関する分析を読むと、よく知りもしないのにありきたりな理由で批判する市場関係者や投資家とは一線を画していることが分かります。
結局ビットコインは、グローバルな決済システムに革命をもたらす有望な新しいテクノロジーの先駆けなのか、それとも参加者の大半に大損させて弾けてしまう投機バブルの最新版にすぎないのだろうか。答えは、おそらくどちらも「イエス」だろう。
意外かもしれませんが、インデックス投資の導師は、ビットコインおよび仮想通貨はバブルだろうとしながらも、実態のないゴミとはみなしておらず、世界を変革するものだと見ているように読めます。
ビットコインを支えるブロックチェーン技術は、確かに国際的な決済システムに大きな変革をもたらすだろう。また、資産の一部を匿名性と流動性の高い仮想通貨で保有するメリットも大きいだろう。
たとえば、ビットコインには本質的価値=ファンダメンタルズがない、という指摘に対しても、次のように書きます。「だが、こうした主張は、ある意味でどの国の通貨にも当てはまることでもある。例えば米ドル自体、その背後に『ファンダメンタル価値』があるかというと、そんなものはないのだ」
政府がビットコインを規制して使えなくするリスクについても、次のように書きます。
仮想通貨自体が非合法の世界に潜らなければならなくなるかもしれない。古い話だが、あのフランクリン・ルーズベルト大統領は、アメリカ国民が金を保有することを法律で禁止した。
ご存じの通り、結局金保有禁止の法律は撤廃せざるを得なくなり、通貨を管理する権限を持っているのは政府だけだという思い込みにクエスチョンを付けているわけです。
もちろん、仮想通貨はこれまでのバブルとは違うというスタンスは取っていません。例えば、業績が低迷していた企業が社名に「ブロックチェーン」と付けると株価が暴騰する現象は今回も起きており、これは1900年代の「トロニクスブーム」、そして21世紀の「ドットコムバブル」で起きたことにも通じます。
またビットコインの発行上限が2100万枚に限られていることから希少価値があるという理屈にも、EthereumやXRPを例に挙げ、仮想通貨全体で見れば潜在的な総量はほとんど無限大だという指摘をしています。
「バブルの根底にしっかりしたテクノロジーがあるのは事実だとしても、そのことが投資家の資産の安全性を保証することにはならないのだ」。という言葉で、著者はこの章を終えていますが、仮想通貨はゴミだ!という人も多い中で、たいへん冷静な評価だと感じました。
インターネットバブル
時代的な順序は逆になりますが、インターネットバブル(ドットコム・バブル)にももちろん触れています。ここで面白かったのは、ドットコム・バブルの徒花ともいえるシスコについて、こう書いていることです。当時、シスコのPERは100倍を超えており、EPSの伸び15%は固いと考えられていました。しかし、
シスコの1株当たり利益が年率15%で25年間増加を続けるとすると、アメリカの名目GDPの伸びを5%と見込んでも、シスコはアメリカ経済よりも大きくなってしまうことになるのだ。
なるほど。例えばFacebookの純利益は330億ドルくらいですが、もし年率100%の成長を10年続けると33兆ドルを超え、2019年時点での米国のGDP21兆ドルを超えてくることになります。PERは現在30倍程度ですが、将来の成長を過大に織り込むのは危険だということがよく分かります。
米住宅バブル
もう一つ、リーマンショックという形で弾けた米住宅バブルについても、非常にコンパクトにバブルが生まれた理由を紹介していたので、簡単にまとめておきます。第9版には、この米住宅バブルについての記載もありませんでした。
きっかけは、「オリジネート・アンド・ディストリビュート」と呼ばれる、要は住宅ローンの証券化でした。ローンを組成(オリジネート)した銀行は、数日後にはそれを大手投資銀行に売却してしまいます。銀行にとってのリスクが、この数日間のデフォルトリスクだけならば、「それほど慎重に借り手の信用状況を審査する必要はないわけだ」ということです。
大手投資銀行は、住宅ローンを担保に新たな債券(MBS)を発行します。いわゆる証券化です。さらに、複数の住宅ローンを混ぜ合わせて、そして複数の「トランシュ」に切り分けて、異なる債券に仕立てます。これによって、上位のトランシュには格付会社がAAA格付を発行してくれたわけです。
MBSの不履行に対する保険として作られたCDSについても言及があります。いざ住宅バブルが弾けたときの保険として、CDSが大量に買われたわけです。ここで面白かったのは、次のところ。
世界中のどの国の投資家も、原資産である債券を保有しなくても、CDSだけをいくらでも自由に購入できたのだ。世界中の機関投資家が競ってCDSを購入したため、CDSの市場残高総額は、ピーク時にはなんと原資産であるMBSの10倍の規模に膨れ上がってしまった。
1億円の債券が破綻したときの保険のはずなのに、10億円分の保険が売られていたということですね。
NINJAローンの概要も。このようにして、銀行が貸し出しリスクを取らなくなった結果、融資基準は急速に劣化し、NINJAローンといわれる状況になったそうです。これは、No Income(収入なし)、No Job(仕事なし)、No Asset(資産なし)の借り手に対するローンで、こうした人でも借りられる状況にあったのが当時の住宅バブルだということでした。
バブルと効率的市場仮説
第2章から4章にかけてさまざまなバブルを見てきましたが、こんなふうに実態を超えて価格が上昇する現実を見ると、「株式市場や住宅市場では合理的で効率的な価格形成が行われているとする主張とは大きく矛盾するように思われるかもしれない」と著者はもっともな疑問を投げかけます。
しかし、注目すべきは本来の価格を超えて上昇してしまうことではないと書きます。
いずれのバブルに関しても市場はやはり自ら身を正したということなのだ。時間はかかり、それだけ犠牲は大きく膨らむものの、市場はやがてはすべての非合理的な歪みを修整したのだ。
なるほど、さまざまなバブルは起きたものの、それがいつかはファンダメンタルズに基づく合理的な水準に戻ってくる。これこそが重要だということです。
*1:正確には「市場最大規模のバブル」と記されていますが(7刷)、これはやはり誤植ですよね?