企業の福利厚生の1つに退職金制度があります。これは長期間働いて退職するとまとまったお金が支払われるというもので、老後の生活資金として重要な位置づけのものであるとともに、会社に社員を縛り付ける道具として批判もありました。
さて、3000万円の退職金が出る会社と、退職金がない代わりにその分給与が上乗せされる会社と、働くならどっちがいいでしょうか?
退職金のメリット
まず退職金3000万円のメリットから。世の中、お金を貰ったら必ずセットで付いてくるのが税金です。3000万円なんてもらったら、税金が大変なことになると思いそうですが、実は退職金には大きな優遇措置があります。
退職金にかかる税金の種類は、一括受取の場合、分離の累進課税です。ただし、その計算の前にけっこう額が圧縮されます。
まず、勤続20年以内の場合、年40万円。21年以上の場合、800万円+21年目以降の勤続年数あたり70万円。これが控除されます。グラフにするとこんな感じ。
21年目からカーブが急になっていますが、それまで年40万円分の控除だったのに、そこからは70万円の控除になるためです。大卒で60歳定年なら、定年まで38年。すると控除額は2060万円に達します。つまり2060万円以内なら無税ということです。これはスゴイ。
さらに計算の際には、控除しきれなかった額を1/2します。例えば退職金3000万円なら、2060万円控除して残り940万円。これを半分にして470万円。この額に対して所得税(累進課税)と住民税(10%)がかかります。
このとき、「分離」というのが効いてきます。これは給与所得などと合算する必要なく、単体で計算すればいいというものです。470万円に対する所得税は税率20%の42万7500円控除。所得税額は51.25万円です。住民税のほうは10%なので47万円。合算して98.25万円の税払いです。もともとの3000万円に対する税率でいえば、3.2%となり、激安ですね。
給与に上乗せで貰ったら?
では退職金ではなく、その分を給与上乗せで貰ったらどうなるでしょうか? この2つを選べる会社はないと思いますが、
- 退職金支給の企業A
- 退職金なしの企業B
が候補としてあるときに、どちらを選ぶのかというのと同じことです。企業からすれば、退職金のために引当を積むのも給与として支払うのも人件費としては同じこと。どちらが人事制度上望ましいかという制度設計の違いでしかありません。
退職金は定年まで勤めなくてももらえますが、ほとんどの場合、当初はもらえる額が少なくて、退職までいくとMAXになるように設計されています。そのため、転職したり早期退職する可能性があるなら、退職金なしで給与に上乗せのほうがありがたいですね。
3000万円を単純に38年間で割ると、月額6.57万円となります。計算上は退職金制度をなくす代わりに月給を6.57万円アップさせられるはず。いやいや。ここはそんなに単純ではありません。
投資の世界でよく言われるように、今年の100万円と来年の100万円の価値は違い、来年のほうが小さくなる。どれくらい小さくなるかは金利に依存します。別の言い方をすれば、今年の100万円は1年間運用すれば103万円とかに増えているという話です。毎月積み立てている退職金の原資は運用されるわけで、それが合計されて3000万円になります。というわけで、何パーセントで運用されるか(何%で割り引くか)によって、月額上乗せ額は変わるわけです。
想定運用利回り(割引率)を横軸に、縦軸に月間給与上乗せ額をプロットしたのが下記です。38年間働いて3000万円の退職金を得るのと対比させています。
米国債運用でも普通に大丈夫そうな2%の利回りなら、月間上乗せ額は4万3874円になります。あれ? 単純計算の6.57万円からけっこう減りました。そして、長期運用前提なので株式の長期平均リターンである6%くらいを想定するなら、1万6982円になります。あらあら。かなり小さな上乗せ額になってしまいました。
でも逆にいえば、1万6982円を毎月積み立てて、6%で38年間運用すれば、60歳の退職時には3000万円になっているということです。両者は同じことを指しています。
給与に上乗せのデメリット
ところが、給与に上乗せには強烈なデメリットがあります。そう、税金です。まず給与に上乗せされるということは、そこから所得税と住民税が引かれます。所得税は合算総合課税なので、給与額が増えるに従って上乗せ分のほとんどは税金に消えます。住民税と併せてみると、上乗せ額から差っ引かれる税率はこうなります
- 年間課税所得(給与含む)330万円〜694万9,000円 → 30%
- 年間課税所得(給与含む)695万円〜899万9,000円 → 33%
- 年間課税所得(給与含む)900万円〜1,799万9,000円 → 43%
- 年間課税所得(給与含む)1,800万円〜3,999万9,000円 → 50%
けっこうな持っていかれ方ですが、これで終わりではありません。健康保険や年金計算額にも影響して、保険料が増加します。
さらに、税引き前の上乗せ分を自身で投資して6%で運用し、3000万円になったとします。このとき投資元本は774万3904円です。つまり2225万6096円の利益が出ています。この利益に対して、20.315%の税金、つまり452万326円を支払わなければならないのです。
こう計算すると、いかに退職金が恵まれている分かります。
個人的にはどっち?
最後に、ぼくなら退職金と給与上乗せとどっちがよいと考えるでしょうか? これは当然給与上乗せです。
実はぼくが勤めていた会社は、途中で人事制度を改定し、各種あった手当など福利厚生をほぼ全部取りやめました。その代わり、給与を増やすという選択を取ったのです。給与を1万円増やすか、1万円の原資で福利厚生を充実させるかの選択で、給与を取ったということです。
ちなみに、福利厚生を取る企業も多いのですが、それは税金が関係しています。給与の1万円はそこから結構な額を税金でもっていかれますが、1万円分の福利厚生には税金はかからないからです。
それでも、給与額が増えることには数字で表しにくいメリットがあります。
- 年収条件がアップするので、優秀な転職者を確保しやすい
- 社員が転職する際に、現在の年収として高年収を先方に提示できる
- 銀行ローンなどで、与信がアップする
そして何より、転職しても目立った損失がないことが大きい。退職金制度があると、働く意欲も能力もない人が、退職金のために居座るということも起きてきます。これは本当に若手のモチベーションに悪い。そもそも転職がこれだけ増えた日本において、退職金制度は、年功序列や終身雇用とセットの遺物なんじゃないかと思うわけです。