FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

株式時価総額加重平均は市場ポートフォリオか? CAPMの課題

 

いろんな資産を分散して持てば、リターンは落とさずにリスクだけを減らすことができます。複数の資産を分散させて持つということで、一般にポートフォリオ理論といいます。このポートフォリオ理論の中で、最もシンプルな最適解を提示したのが、ウイリアム・シャープが提唱したCAPM(キャップエム)です*1

 

CAPMは、「市場ポートフォリオ」という、金融市場に存在するすべての資産の時価総額加重平均ポートフォリオを想定します。その上で、あらゆる資産は、市場ポートフォリオの感応度ベータ(β)で表します*2。これによって、非常に計算がしやすくなります。モダンポートフォリオ理論の最大の成果だと言われます。しかし、これにはいくつかの前提があり、実際の市場とマッチしているとは言えません。

CAPMの前提となる仮定 

いろんな理論は、実際の世界に対して、いくつかの仮定を置くことで、シンプル化し、計算可能にします。数学であれば、線分の太さはゼロとするみたいなものですね。Wikipediaによれば、CAPMには以下の4つの仮定があります。つまり、この4つが成り立っている場合に、CAPMが有効になるわけです。

  1. すべての投資家は、平均分散ポートフォリオを選択する

  2. 全ての投資家は全ての金融資産の収益率の平均と分散について同一の予想を持つ

  3. 金融市場が完全市場である

  4. 安全資産が存在する

平均分散ポートフォリオというのは、ポートフォリオの話でよく出てくる、効率的(有効)フロンティアの次の図ですね(WallStreetMojoより)。横軸にリスク、縦軸にリターンを取り、リスクとリターンは通常比例関係にあるとします。複数の資産を組み合わせる(分散)ことで、リスクあたりのリターンは、図の実線のような形になります。

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このとき、破線と実践が交わるところ、つまり接線の部分が、リスクあたりのリターンが最大化する、平均分散という点です*3

仮定の怪しさ

ところが、この仮定にはいくつか現実と大きく乖離しているところがあります。山崎元氏は、2つの点を挙げています。

 

(2)投資家が直面する有効フロンティア(リスク当たりの期待超過リターンが最も効率的なリスク資産の組み合わせの集合)は全て同じだ。


現実に対する妥当性が疑われるのは、まず(2)の全投資家が共通の情報を持っていて共通の有効フロンティアを計算するという部分だ。

(2)が成立すると考えた背景には、市場が効率的なので投資家は全て同じ情報と判断を持つはずだ、という「市場の効率性」が潜んでいたように思われる。

【秋学期 9日目】 CAPMとその応用の問題点 - 山崎元の「金融資産運用論」

市場の効率性については、効率的市場仮説と言われるように、現在成り立っていると考える人はほぼいません。ファイナンス理論の大家、ユージン・ファーマは市場の効率性について、次の3つのレベルを記していました。

  1. ウイーク型 過去の株価から将来の株価は予測できない(テクニカル分析の否定)
  2. セミストロング型 企業業績などすべての公開情報から将来の株価は予測できない(ファンダメンタルズ分析の否定)
  3. ストロング型 さらに非公開のインサイダー情報からも将来の株価は予測できない(インサイダー有利の否定)

(3)はさすがに成り立つと思う人は、まずいないと思います。さらに(2)や(1)についても、成り立たないという実例が度々出ています。効率的市場仮説を信奉する人でも、(1)はまぁ成り立っている、(2)は成り立つこともある、くらいが多いのではないでしょうか。

 

 さらに、ファーマは別の言い方でもこれらを表現しています。

  1. リターンの予測可能性 小型株効果、バリュー株効果、逆張り効果、順張り効果など(いわゆるアノマリ)
  2. イベントスタディ 会計情報、アナリスト予測、株式分割、自社株買い、企業情報発表などと、市場がその情報を織り込むスピード(こちらにちょっと解説
  3. 私的情報 インサイダー情報

このようなアノマリが存在するなら、過去の株価から将来の株価を予想できることになります。効率的市場仮説では、すべての情報は即座に株価に反映されることを前提としていますが、実際は、情報は徐々に株価に反映されるため、ここにモメンタムが生まれます。インサイダー情報は、それが公知になるまでは盛り込まれません。

 

こうした理由から、効率的市場仮説を盲目的に信じるのは、実態と即していないと考えられます。

CAPMではマーケットポート=株価平均で計算する

もう一つの問題は、CAPMでは「全ての金融資産」をマーケットポートフォリオとしているにも関わらず、実際には株式の時価総額加重平均を使います。いわゆるS&P500とかTOPIXのような指数です。

リスク資産として国内株だけを考えてMを求めβ値を計算するというのは、取りあえず使えそうなデータが株式だけだったから、或いは、かつてのアメリカ人がもっぱら国内株で運用していたからという、中途半端な理由があったのではないか。

【秋学期 9日目】 CAPMとその応用の問題点 - 山崎元の「金融資産運用論」

世の中の金融資産には、株式以外に債券はもちろん、不動産も、商品も、ほかにもいろいろと存在します。本当は、こうした各種金融資産をすべて入れた上で、市場ポートフォリオを作らなければいけないのですが、株式で代用しているというわけです。なぜかというと、調べるのも計算も簡単だからですね。

時価総額加重平均の課題

また、株式だけを見ても、時価総額加重平均が果たして効率的なのか? という指摘が、実務者からはいろいろと出ています。

実際、多くの学術論文によって、 「(TOPIX などの)時価総額加重インデックスは効率的でない」ことが実証分析されてきた。 同時に、「より効率的なインデックスが存在する」ことも示唆されている。

時価総額加重インデックスの問題点と新しい株式インデックス ニッセイ

上記のニッセイ基礎研究所のレポートでは、時価総額加重平均ポートフォリオの問題として、「割高な銘柄のウェイトが大きく、反対に割安な銘柄のウェイトが小さくなるため、割高・割安が修正される過程で、 インデックスのリターン低下が不可避という構造的な問題がある」としています。

 

時価総額加重平均ポートフォリオでは、株価が高い銘柄の比率が大きく、低い銘柄の比率が小さくなります。株価が常に妥当だという観点では、これも正しいポートフォリオですが、株価は公正価格から乖離しており、平均回帰(ミーンリバーサル)が起こり得るという視点では、株価が高い銘柄はいずれ公正価格に戻って下がり、低い銘柄は逆に上がることになります。

投資家のセンチメントに過度に影響される時価総額加重平均

CAPMの前提として、市場が効率的ということを挙げましたが、これはすべての投資家が、ある情報を元に合理的な判断をするという意味も含まれています。しかし、投資家はその時々によって、熱狂したり幻滅したりするもので、まったく合理的な判断はしていません。

 

たとえば、投資家が熱狂していれば、利益に対する株価の倍率であるPERは上昇します。つまり企業の力がまったく同じでも、投資家のセンチメントによって株価が上がるということです。このとき、一部の企業の株価が上昇すると、時価総額加重平均ポートフォリオでは、その企業の比率(ウエイト)が高まってしまいます。

 

これを、日興アセットマネジメントのレポートでは、「PER倍率によってかさ上げされた株価、そしてその株価によってかさ上げされた時価総額によって時価加重インデックスは歪な形になる」としています。下記は、1969年から2009年までの国別時価総額構成の推移です。

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一時は日本株のウエイトが、世界のうちの44%を占めていたんですね。明らかに、国別の熱狂度によって時価総額が決まっており、本来合理的ならば利益(EPS)から定まるべき株価が、倍率(PER)によって決まってしまっていることが分かります*4

 

さらに、時価総額加重では、大型銘柄に比率が集中します。全世界の株式インデックスである、MSCI ACWIの組み込み銘柄を見てみましょう。全2287銘柄のうち、上位10銘柄が占める比率は14.58%、上位50銘柄では33%にも達します。ちなみにFTSEに連動するVTでも似たようなものです。

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そして上位のだいたい500銘柄で、ウエイトの80%を占めており、しかも多くの銘柄が米国銘柄です。つまり、上位銘柄に対する投資家のセンチメント、また米国に対するセンチメントによって、時価総額は容易に変動します。そして本来の(合理的であるべき)市場のポートフォリオからは、センチメントによって大きな乖離が発生することになります。

裁定取引の限界

センチメント以外にも、合理性を損なう原因があります。それは裁定取引の限界です。そもそも、なぜ合理的でない株価が、そのままになるのでしょうか。非合理的な価格付けが存在していたら、通常は裁定取引によって解消されるはずです。

 

合理的には1000円の株価なのに、700円で取引されているのなら、これを買って、合理的な水準になるまで持っていれば、いずれ1000円に回帰するはずです。これが裁定取引です。ところが、合理的な価格よりも明らかに高い、安いということが分かっている場合でも、実際には裁定取引が働かないことがしばしばあります。

 

裁定取引を実行するには対象となる証券の代替物(先物・デリバティブ・スワップ市場・空売りを可能にする証券の貸借制度)が存在しなければならないが、これは存在しないことのほうが多い。空売りひとつ考えても、裁定のチャンスがある銘柄は情報が広く行き渡らない小型株が多いから、そういう銘柄ほど空売りするのは難しい。

この『行動ファイナス入門』 では、ほかにも理由が挙げられています。裁定取引を行うのは機関投資家が想定されますが、彼らは非合理的な価格だということに自信を持っていても、短期的なパフォーマンスを重視せざるを得ません。すると、裁定取引にチャンレンジしても、合理的な価格に戻るのに時間がかかれば、彼らは短期的には利益を上げられず、失職してしますといいいます。そのため、裁定取引はいわれるよりもリスクが高く、そのために市場の非効率は放置されるというわけです。

平均への投資であるインデックス投資と、CAPMは違う

CAPMがもたらす結論は、インデックス投資の理論的な背景だともいえます。しかし、CAPMにはいろいろと、実際には満たされない課題があることや、時価総額加重平均が必ずしも効率的な市場ポートフォリオとは言えないことを見てきました。

 

でも、注意すべきなのは、CAPM=インデックス投資ではないということです。インデックス投資の定義はいろいろありますが、CAPM原理主義者になる必要はないと思っています。

 

CAPMでは否定される、アノマリの活用や、イベントスタディがもたらす短期的なモメンタム、また時価総額加重平均よりも有効なウエイト付を行うことで、より合理的なポートフォリオを作ることはできるでしょう。投資なんて結局、学問的に美しいかどうかよりも、儲かればいいわけで、演繹ではなく帰納的なアプローチだって構わないのです。

 

ここまで書いて自らを振り返ると、ぼく自身はピュアな意味では、インデックス投資家だというよりも、「モダンポートフォリオ理論をベースにした分散投資家」なんでしょうね。 

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*1:CAPMは、実際にはポートフォリオ組成よりも、資産の価格付けに使われることがほとんどでしょう。このモデルに当てはめると、逆算してある資産の価格を導くことができるからです。

*2:ファクターの考え方でいうと、リターンの源泉を市場ファクターだけで考えるということを意味します。

*3:ちなみに、この理論が成り立つためには、将来のリスクとリターンが予測できなくてはなりません。ところが、リスクはともかく、リターンについては予測できないというのが、実証研究の結果です。そのため、過去のリターンに基づく平均分散よりも、リスクだけを元にしたポートフォリオの組み合わせのほうが、結果的に高いリターンを出すということもしばしば言われます。いわゆる最小分散ポートフォリオや、リスクパリティポートフォリオです。

*4:日本のバブル絶頂期に、全世界の時価総額加重平均のインデックスに投資していたら、いったい今頃どうなっていたでしょう?