初っ端からちょっと過激な物言いですが、ほとんどの陰謀論は妄想なんじゃないかと思っています。まぁ「すべての」と言っているわけじゃないし、陰謀が存在しないとも言っていないのですが、「△△国の陰謀だ」とか「外国人を優遇しようという政府の陰謀だ」とか「増税を目指す財務省の陰謀だ」とかいうのは、けっこうそれ自体が妄想に近いんじゃないかと思っています。という、今回はそういう話です。
陰謀論のパワー
こんなわざわざ「陰謀論は妄想だ」なんて書かなくても、そりゃそうでしょ。当たり前過ぎて、わざわざ言うほどのこともないと思う人もいると思います。でも、一方でSNSやYouTubeですごいパワーを持っているのも陰謀論だったりします。
「おじいちゃんがYouTubeを見始めていたら、いつの間にかものすごいネトウヨ陰謀論者になってしまった!」なんて話をたまに聞きます。そう、陰謀論というのはものすごく人を引きつけるパワーがあるのです。
基本的に世の中は複雑なものです。簡単に割り切れないのが当たり前で、一つの物事についても、複数の意味合いがあって、片面からだけ見ては本質を見誤ります。ところが、複雑なものを複雑なまま受け止めるというのは、人にはけっこうキツイことです。できれば、シンプルで分かりやすい理論で理解したいと思っているのです。
これが論理の積み重ねや実験によって解明できることならば、物事をシンプルに理解したいという思いは科学という形で結実します。
ところが、実験もできず明確な論理もない社会についての事柄では、物事をシンプルに理解する方法は一つしかありません。「これは□□の陰謀だ!」という考え方です。何についてでも、陰謀を原因にすれば理解スッキリ。世の中に不思議なことは何ひとつもなく、その人にとって人生は分かりやすいクリアなものになるのです。陰謀って素晴らしいですね!
これは宗教も似たようなもので、自分の外部に絶対的な価値観を置き、それに当てはめて物事を判断するというのは、極めて心地が良いものなのです。そんなわけで、分からないものがあったときに、ちょっとしたきっかけで、人は陰謀論とオカルトに引かれていきます。
EV推進はヨーロッパの陰謀なのか
なんでこんなことを思ったのかというと、最近「EV推進はヨーロッパと中国による、トヨタ潰しの陰謀だ」という話をよく聞くようになったからです。EV推進をうたうヤツは売国奴だ!とかいう人まで現れる始末。いやはや。
これが陰謀として成り立つためには、次のようなロジックが必要です。
- EVを推進すると、欧州車メーカーが儲かる
- EVを推進すると、トヨタが苦境に陥る
でも果たしてそうでしょうか?
まず、欧州車メーカーは実はガソリン車禁止に対して反対しています。
「EV普及の準備ができていない状況でのエンジン車とハイブリッド車の禁止は合理的ではない。特定の技術を禁止し未来を一本化する政策はイノベーションの阻害につながる」(欧州自動車工業会)
この春になってからは、急速なEVシフトに欧州車メーカートップはブレーキをかける発言をしています。
BMWのCEOがEV一本足の戦略に危機感を示す。過剰な電動化は環境破壊につながると、ルノーのCEOが早急なEV普及に警鐘を鳴らす。フォルクスワーゲンのCEOがEVシフトはまだ加速できないと語る……といったものだ。
いわれてみれば、そりゃそうです。だってEVしか売ってないテスラはともかく、欧州車メーカーだって販売の主力は内燃機関(ICE)車。EV比率なんて1割にもいきません。しかも全然儲からないのがEV。ほんとの本音ではEVなんて売りたくないのです。
実際、フォルクスワーゲンCEOは、EVシフトの方針を打ち出すにあたり、関係各所の説得に相当苦労したようです。労働組合、株主、サプライヤー、そうしたところは基本的にEVシフトに反対。でも、ディーゼルにミソが付きストロングハイブリッド技術も持たない欧州メーカーに残された道はEVしかない。そうした経営者の判断から、EVシフトを選択したというわけです。どっちかというと、内燃機関撤退を掲げたホンダに状況は似ていますね。
じゃあ誰がEV化を推進しているのか
EVシフトしても欧州車メーカーにとって嬉しくないとしたら、いったい誰がEV化を推進しているのでしょうか。これは実は政治だったりします。政治主導で、クリーンなEVを進めようというのが、欧州なわけです。
これを聞いたとき、そういえば金融でもそうだったなーと思い出しました。国境炭素税が話題になったのを覚えている人もいると思います。モノなどの製造において、発生させた炭素の量に応じて税金を課そうというのが炭素税の考え方なわけですが、国境炭素税はこれを国際的に広げたものです。
具体的には、対策が不十分な国からの輸入品に対し、税関で発生させている炭素分の課税をするというもの。これによって、多くの炭素を発生させて作った製品は、結局輸出するときに関税が乗って高くなり、価格競争上不利になってしまうのです。
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_neutral_jitsugen/pdf/001_02_00.pdf
これを推進しているのがEUです。ここにあるのは、税制を駆使して世界から脱炭素を進めようという、打算なんて基本的にない、「俺たちは地球の未来のために、政策を考えているんだ」という姿勢です。
あるグローバル企業の人にこんな話を聞いたことがあります。脱炭素にかかわらず、理想論的に行動するのが欧州人だ、と。理想を掲げて、その実現のために真剣に行動するというのが欧州人の中にはあるのだそうです。
じゃあアメリカ人はどうかというと、理想なんてどうでもよくて、「でも欧州が本気で、税金かけるとか言うなら、脱炭素とかやっとかないと損するからやらなきゃな」という、現実主義というか極めて資本主義的というか。カネで判断するという姿勢なんだそうな。
そして我が日本はどうかといえば、欧州もアメリカもやっているなら、ウチもやらないと!という、これまた長いものには巻かれろという、極めて日本的な姿勢なんだそうです。
EV化を遅らせたいメーカーと早めたい政治
というわけで、「欧州の陰謀でEVシフトが!」というのは、ちょっと見方が単純すぎて、もしも二項的な対立構造で捉えたいなら、EV化をできるだけ遅らせたい自動車メーカーと、少しでも早めたい政治の対立だというのが正しいのでしょう。
メーカーの気持ちはまぁ分かります。ぶっちゃけEVなんて現状儲かるものではないのです。しかも、過去作り上げてきたガソリン車での優位性をかなり捨てるという話でもあります。そうでなくてもCASEの時代で開発費がかさむのに、電動化に追加投資できる余裕のあるメーカーなんて本当に限られます。EV化なんて、もっともっとゆっくり進んでくれというのが、トヨタに限らず本音です。
とはいえ、政治がEVシフトに舵を切っている以上、「いや、ウチはガソリンだ!」とか行ったら早晩存在できなくなります。それが分かっている以上、「内燃機関からEVに全面展開だ!」というしかないのです。ほんと、いまの自動車メーカーの経営者にはなりたくないものです。
そんなわけで、複雑な事情はいろいろあるにしても、陰謀なんてものがあるわけではありません。主に欧州の「地球温暖化をなんとかしないと本当にまずい」という理想論的な発想からEVシフトは推進され、「EVなんてやりたくないけど、そんなことも言ってられない」と仕方なくEVシフトを進めているメーカーがいる。
これを主軸に、こういう世の中になることを見据えていたテスラが「ほら、前から言ってたとおりでしょ」と急拡大し、中国は内燃機関車の世界秩序をひっくり返して自国の自動車産業を成長させるという意図もあり、国内でのEV化を推進している。そして、トヨタはEV化になんだかんだ文句を言いながら、実は基礎技術は一番持っていて、情勢に応じてEVを一気に投入できる準備だけは進めているといったところです。
というわけで、「なんでこうなってるんだ?」という物事に出会ったときに、安易に「これは陰謀だ!」に飛びつかないように気をつけたいと思っています。これぞまさに思考停止なので。