FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

REの勇気が出せない〜FIREの「メンタル」について

Xで匿名相談を受け付けているのですが、今回「REの勇気が出せない。メンタルについて悩んでいます」という長文の相談を受けたので、こちらブログにて回答したいと思います。

FIREのメンタル、「RE」の勇気が出ない

はじめまして。いつもブログの理路整然とした議論が好きで拝見しております。
この度はFIREの「メンタル」について悩んでおり、恐れながらメッセージを送らせて頂きました。こんな贅沢な悩みを相談できる知人もおらず。。。

まず自己紹介です。
・20代後半、専門職(個人事業主&マイクロ法人)、年収1200万円、純資産1億円、生活費300~400万円/年、熱中できる趣味なし(強いて言えばTVゲーム)。
・投資方針:基本インデックス+バブルがあれば資金移動(今なら仮想通貨)。
・FIREの動機:仕事は月平均120時間前後で特段苦しいわけではありませんが、責任や期限は少なければ少ないほど嬉しいので、必要が無ければやりたくないです。消極的な理由です。

上記の通り「FI」については達成していると考えているのですが、「RE」の勇気が出せずにいます。具体的には、下記の理由により、仕事を大幅に減らすことを躊躇してしまいます。

■理由
・現状、仕事の時間を削ってまで熱中できる趣味がない。ゲームも仕事の合間の「暇つぶし」として楽しみを感じている節がある。
・FIRE後も、惰眠(寝れるだけ寝てしまい12時間を超えることも)とyoutubeだけの毎日になる可能性を危惧。現在もこの状態です。ただ、仕事があると仕事のことが常に頭の片隅にあって疲れてしまう感覚はあり、FIREしてこそ次の行動のやる気が出るのかなと思ったりしています(希望的観測)。
・働かないことで「落ちているお金を拾っていないのでは?」という強迫観念。
・専門職としての実務経験が陳腐化するという不安(本来、FIREするなら関係ない話ですが)。
・仕事をして喜んでもらえると素直に嬉しい。断るのがつらい。
・社会との繋がりの希薄化の恐れ。この理由もあり、現実的には完全FIREではなくサイドFIREを考えています。
・上記の通りFIREの動機が消極的なので、なかなか覚悟が決まらない。

長文乱文ですみません。。結局ご質問としては、九条さんはこういったFIRE(退職)へのメンタル面の不安はありましたでしょうか?どのように克服し、行動に繋げたのでしょうか?上記の理由について何か思うところはありますでしょうか?
(背中を押してほしいという本音もありますが、)FIRE達成者のマインドを知りたい次第です。

なるほどなるほど。20代後半にして、すでに1億を超える資産があり、でも生活費は300-400万円程度。もう十分にFIは達成しているけど、REの勇気が出ないということです。

FIRE(退職)へのメンタル面の不安

ぼく自身も2018年にFI状態となり、退職はしなかったもののキャリアを降りる選択をしました。その後、2024年に退職。フリーランスとして気に入った仕事だけをつまみ食いしながら過ごしています。

 

さて、「FIREの特にREに対するメンタル面での不安はなかったか?」ということですが、もちろんありました。何しろ、キャリアというのは積み上げていくもので、一回投げ捨てたら、やっぱり元に戻るってわけにはなかなかいきません。それがわかっているから、みんな現在の椅子にしがみつくわけです。

 

それでもキャリアを降りたのは仕事に対して何を求めているのか? を自分なりに突き詰めた結果でした。仕事には大きく3つの側面があります。

 

まず仕事には「お金を稼ぐ」という大きな側面があります。金銭の多寡が仕事の価値ではないというものの、お金が全くもらえない仕事は普通仕事とはいいません。それは趣味かボランティアなのです。

 

もう一つの側面は、「自分の能力を発揮する」という意味合いです。人間は働く意味を考える生き物なので、自分でしかできないことに対しては誇りを感じるようにできています。それを活かしてなにかしたいわけです。逆に、誰でもできる仕事はどうしても「お金を稼ぐ」側面のほうが強くなります。学生時代の飲食アルバイトとかが典型ですね。

 

3つ目が「社会や他者に貢献する」社会や他者に貢献できるかどうかも、重要な意義です。人は利己的な一方で利他的な感情も持っていて、誰かが喜んでくれるとか社会の役に立ったという感覚は非常にポジティブなのです。反対に「誰かに恨まれる」「社会の害悪になっている」という仕事は、たとえお金を稼げてもやりたいという人は少ないでしょう。

 

こう考えると、仕事と向き合うときに「お金」「能力発揮」「貢献」のどれを重視するかが大事な選択肢になります。

「遊ぶ」「お金」「能力発揮」「貢献」の4つの選択肢

通常は仕事にとって「お金」は大変重要な要素です。働くにあたって給与額を気にしない人はいませんし、能力や貢献を測る尺度も報酬”額”になります。ところがFIを達成するとこの世界観がひっくり返ります。もうお金については気にする必要がなくなるからです。

 

つまり選択肢のうち「遊ぶ」「能力発揮」「貢献」の3つだけを意識すればよくなるのです。ブログを書いたりモノづくりをしたり、専門的な知識を持っているならその自分の能力を活かせる何かに取り組むのもありです。ボランティアなどによって誰かを助けるのもいいですね。

 

もちろん、付随的にお金を受け取ってもいいわけで、自分の能力を活かして誰か困っている人を助ける行為をして、対価としてお金を受け取るという選択もあります。あ、これを普通は仕事と呼びますね。でもお金が目的ではなく、能力発揮と貢献を目指したらお金を払ってもらってしまったのですから、順番が逆なのです。

 

ちなみに「遊ぶ」だけはこれらとは次元の違う価値ある内容で、かの有名な『ホモ・ルーデンス』によると、遊ぶことは次の5つの特徴を持つといいます。

  1. 自由な行為である
  2. 仮構の世界である
  3. 場所的時間的限定性をもつ
  4. 秩序を創造する
  5. 秘密をもつ

仕事の何が負担なのかを分解して解消する

さてこうした前提で相談者の問に答えてみましょう。まず、会社勤めではなく自営業なので、退職ではなく引退をするかどうかの悩みですね。

 

現在専門職に就いていて仕事自体は嫌いではないということです。そして仕事を通じて他者に貢献できることを素直に喜んでらっしゃいます。「能力発揮」「貢献」については、仕事の価値として認めているわけですね。

 

ではなぜ仕事を辞めたいのかというと「責任や期限は少なければ少ないほど嬉しい」からだということ。「必要がなければやりたくない」ということなので、現時点では何かしら仕事に”必要”を感じているということなのでしょう。そしてそれはお金ではありません。

 

理由を拝見する限り、仕事自体は嫌いではないのですから無理にREする理由はないと思います。問題である責任や期限に対する負担を減らすのが、解決策になるでしょう。ここからは仕事の内容が不明のため、想像で書くことになりますが、「責任」や「期限」をなくせたら、仕事の負担はなくなるでしょうか?

 

例えばソフトウェア開発を行うエンジニアだったとして、受託開発の場合は「期限までに仕様どおりに完成させる責任」が発生してしまいます。これは確かに心の負担ですよね。ただし、同じスキルを使って「自分で作った仕様に基づいて開発したソフトウェアを販売する」事業に展開すればどうでしょうか。ここには期限も(他者に対する)責任も発生しません。

 

映像制作の仕事をしていたとして、受注した場合は責任や期限が発生しますが、自分だけの責任で映像を作成してYouTubeなどで公開する形なら、どこまでも自分のペースで進めていけます。

 

もちろんこれらは職種によってしまうのは確かです。例えば建設業とか運送業にかかわる自営業では、(ぼくの想像力が足りていないのかもしれませんが)受注なしで何かを行うのは難しいような気もします。医者や弁護士などの士業の場合は、資格の独占業務を行うのではなく、資格の専門知識を活かした事業を別途始めることになるでしょう。業務知識を活かしたソフトウェアの開発とかでしょうか。

 

ただしいずれにせよ、その仕事で必ずしもお金を稼ぐ必要がないという点が重要です。収益を上げる必要がなければ、実は専門能力を活かして貢献する機会というのはいろいろにあるものです。

 

せっかくFIを果たしているのですから、RE=仕事を完全に辞める のではなく、RE=報酬目当ての仕事を卒業する と捉え直してみてはいかがでしょうか。

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