「インデックス投資が資本主義を破壊する」というと、「は?なにそれ?」と思うかもしれません。でも『ラディカル・マーケット』で解説されている内容を読むと、なるほど確かにこれは危険だと、そのロジックがわかります。
市場経済を壊す「独占」
まず市場経済の天敵は独占です。市場経済*1は、複数のプレイヤーが競争することで、より良い品物がより安くなり、必要な人に必要なだけ届けられる仕組みです。
ところが市場が一人のプレイヤーに独占されたり、複数のプレーヤーが共謀したり(談合)すると競争が起きなくなります。こうなると市場経済のメリットは失われてしまいます。これを防ぐために、公正取引委員会などが談合を見張ったり、合併による独占を禁止したりしているわけです。
ここで一つ思考実験です。会社としては別々で共謀もしていないとして、もしオーナーが同一人物の場合にどうなるでしょうか。ドコモとKDDIとソフトバンクが携帯電話市場で競争しているとして、それぞれのオーナーが同一人物だったら?
これは企業としては独占になっていなくても、実質的に独占状態といえるでしょう。
機関投資家によるスチュワードシップ
スチュワードシップとは、機関投資家が投資先企業と積極的な対話を行うことで、企業の価値向上や持続的成長を促し、投資収益の拡大を図ることを指します。日本でも『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫という形で、機関投資家に企業と対話する場合の原則を定めました。
実際、世界最大の資産運用会社=機関投資家であるブラックロックは、インベストメント・スチュワードシップとして、投資先企業との対話を重視し、投資価値を最大化することをミッションとして掲げています。
機関投資家が価格競争を阻害するという論理的結論
- 企業が共謀して談合したり独占するのはよろしくない
- 機関投資家は投資価値を最大化するため企業と対話するべきだ
この2つは、個別に見るともっともなことで、ぜひ推進するべきことのように見えます。ところが実は組み合わさるとヤバいことが起きます。機関投資家が価格競争を阻害するという論理的結論が導かれるのです。
先の「2社のオーナーが同一人物だったら?」というところをもう一度考えてみましょう。
単独の株主がフォードの株式の100%とGMの株式の100%を所有していると想像してみてほしい。フォードが価格を下げるときは、フォードがGMから市場シェアを奪おうとしている。しかし、株主は2社とも所有しているので、フォードがGMに勝っても利益は得られないし、値下げは確実に損失となる。
そのため株主はフォードとGMのCEOに価格競争(あるいはコストがかさむ品質競争やイノベーション競争)はしないように命じ、2社が合併したかのように行動するように指示するだろう。
実際の機関投資家は会社の5〜10%しか所有していないが、このロジックは同じように当てはまると『ラディカル・マーケット』の著者は指摘します。
そんなバカな? いや実際に共通の株主がとても多く、集中化している業界では、企業は生産能力やイノベーションに投資しなくなっているというエビデンスがあるというのです。
一例が航空業界である。航空会社間の競争を路線ベースで検証した結果、機関投資家が航空会社の株式を大量に保有しているときは、そうした航空会社が競争している路線のほうが、航空会社が競争していない路線よりも航空券の価格が高いことが明らかになっている。
ますます増加する機関投資家の影響力
個人投資家が直接企業の株を保有する形から、投資信託やETF、また年金基金などを通じて株式を保有する比率はどんどん増加しています。四季報などで企業の株式が誰に保有されているのかをチェックすると、上位株主のほとんどが機関投資家であることがわかります。
As per a study in 2017 by Pensions & Investments, “Institutions own about 78% of the market value of the U.S. broad-market Russell 3000 index, and 80% of the large-cap S&P 500 index. In dollars, that is about $21.7 trillion and $18 trillion, respectively. Of the 10 largest U.S. companies, institutions own between 70% and 85.8%.”
Pensions & Investmentsが2017年に行った調査によると、「機関投資家は米国の広範市場であるラッセル3000指数の時価総額の約78%、大型株のS&P500指数の80%を所有している。 ドルに換算すると、それぞれ約21兆7000億ドルと18兆ドルになる。 米国の大手企業10社のうち、機関投資家は70%から85.8%を所有している」
国内株でも、個人が所有している株式は17%程度、事業法人が所有しているのは20%程度です。持ち合い解消の流れの中で、さらに機関投資家の保有比率は上がるでしょう。
インデックス投資は影響を悪化させる
そしてこの悪影響は、アクティブ投資よりもインデックス投資のほうがインパクトが大きくなります。大ざっくり言って、ある業界の中でより伸びそうなところに投資するのがアクティブ投資です。トヨタよりもホンダに期待するからホンダの株を買うわけで、ホンダとの対話はトヨタとの競争でどう勝つかという話になります。
ところがインデックス投資は違います。トヨタも日産もホンダも全部を買うのです。インデックス投資に資金が流れ込めば流れ込むほど、運用会社は業界各社の全部の大株主になっていきます。
ある運用会社が自動車業界全体の大株主であれば、先程書いたように内部で競争させるよりも暗黙の談合を示唆し、全体の利益を上げるように行動するのが受託者責任の果たし方となるでしょう。そのほうが投資家の利益になるからです。
一方でそれは市場経済のガンである独占を推進するということを意味します。ここにおいて、投資家の利益と消費者の利益は対立するのです。
市場経済と独占
実はここに書いた話は『ラディカル・マーケット』のごく一部でしかありません。市場経済を最も効率的に動かすには独占を排除することが最重要ですが、実は以前は気にされなかったような独占が、現在は猛威をふるいつつあります。
- 財産は独占である
- ラディカル・デモクラシー
- 移民労働者の市場を創造する
- 機関投資家による支配を解く
- 労働としてのデータ
社会主義が完全敗北したいま、資本主義は最良のシステムであるかのように見られがちですが、こと市場経済のパワーを引き出そうと考えると、資本主義には改良できるポイントがたくさんあります。その中には、「私有財産は独占であって、市場経済を徹底させるためには私有財産もなくしたほうがいい!」というような、極めてラディカルな内容も含まれます。
著者は市場経済に特化した経済学者であり、理想論を語るだけでなくそれをどう実際に導入するかまで考え、政策提言まで踏み込んでいます。分かりやすい本ではありませんが、専門書ではないので数式もないし専門用語も出てきません。
既得権をなくす!
独占を壊す!
自由な社会をどう作るか?
このキャッチコピーにピンとくる人なら、一読に値する本だと思います。
*1:ここでは資本主義の中でも自由市場における取引という最も重要な概念を表すために、市場経済という言葉を使います。