第1回は運用なしでは75歳への繰下げ受給が、「100歳まで生きるリスクに対する長生き保険」として優秀な働きをしてくれることを見ました。ただし、そこに運用を加味すると、繰上げて早期に運用することのメリットがそこそこ出てくることを第2回でチェックしました。さらに第3回では、公的年金の税金に踏み込んで控除を加味した場合の考え方を見ました。
でも一番気になるのは、「で、どれだけ税金を取られるのか?」ですよね。第4回は、この複雑な話に踏み込みます。
で、どのくらい税金を取られるのか
年金には公的年金等控除があり、それは多少の累進性があって額が大きくなるほど控除率が下がることを見てきました。また控除後の額には住民税と所得税がかかり、所得税は累進課税で額が大きいほど税率が高くなります。つまり、繰り上げると額が減りますが税率も下がり、繰り下げると額が増えますが税率が上がります。
前回の記事でも掲載したこちらを見ると分かるように、年金所得額が増えるほど実質的な税率は高くなっていくのです。つまり、税金的には繰上げは得、繰下げは損だということが分かります。
シミュレーションの前提
ただ、では実際のところ、繰上げでどのくらい税金が下がって、繰上げでどのくらい税金が上がるのでしょうか。これがちょっとややこしいのは、受給開始年齢(繰上げ・繰下げ)だけでなうく、受給の絶対額によっても税率が変わることです。そこで、次の5つのパターンで、受給開始年齢別に税率を計算してみました。
- 国民年金相当=老齢基礎年金=81.5万円/年
- 厚生年金 100万円/年
- 厚生年金 150万円/年
- 厚生年金 200万円/年
- 厚生年金 250万円/年
年金受給額の受給額はざっくり次のようになっています*1。基本の受給額でいうと、150〜250万円にだいたい収まり、繰上げと繰下げを考慮すると、100〜450万円くらいに収まる感じですね*2。
控除には、60-65歳までの公的年金等控除65万円と、同65歳以降の110万円を使い、さらに基礎控除である48万円も盛り込みました*3。
受給額によって変わる税率
65歳を堺に公的年金等控除の計算が変わってきますので、まずは前半です。まず60−65歳の間の受給について。縦軸は受給開始年齢、横軸は基準(65歳時点)の受給額です。
見てのとおり、繰り上げるほど税率が小さくなり、またそもそもの受給額が大きいほど税率が大きいことが分かります。ただ、繰上げ−繰下げの差は、受給額が小さいほど大きくなることが分かります。
続いて本丸の65歳以降です。
この表から何が読み取れるでしょうか? 各受給額について、60歳繰上げ時と75歳繰下げ時の税率の差を%ポイントで表してみましょう。この差が大きいほど、繰上げ・繰下げの影響が大きいことになります。
- 81.6万 0%ポイント
- 100万 2.1%ポイント
- 150万 6.4%ポイント
- 200万 8.3%ポイント
- 250万 7.1%ポイント
最初は繰上げと繰下げの差が小さく、受給額が増えるにつれて差が大きくなる……とおもいきや、200万円を超えると、差が減りました。これはどういうことか?
この年金等控除を盛り込んだ実効税率のグラフを見てみましょう。65歳以上の赤線です。完全控除される110万円を超えると、急速に税率が増加して10%に近づくことが分かります。分岐点はだいたい300万円です。そしてそこからしばらくなだらかな上りとなり、500万円を超えたあたりから再び上昇率がきつくなります*4。
つまり、上の実効税率チャートに当てはめると、450万円までのところに大体収まることになり、後半の累進性アップはほとんど影響がないことが分かります。どちらかというと前半の急速に税率が立ち上がるところの影響のほうが大きい。
つまり、年収が低めで基本の受給額が150万円くらいの場合に、繰上げと繰下げの影響が最も大きくなります。上位のグラフでいうと、四角形の縦の高さが最も大きくなるということです。累進課税なので、所得が大きいほど税率は上がるのですが、その上がり方はけっこう違います。
もっと分かりやすい差
年金等控除+基礎控除を入れて、所得税の累進性を計算に入れた場合、年金の所得額が大きくなるほど税率が高くなります。ただ、それがググっと急ピッチで税率が上がるのは500万円超からで、よほど現役時代に高年収な人でなければ影響しないことが分かりました。逆に、65歳時点受給額が150万円位の人が、一番繰上げと繰下げの差が大きいわけです。
それでは、みんなが一番気になる表です。自分は年金を繰上げしたほうがいいのか、繰り下げしたほうがいいのか。65歳受給開始を100とした場合、税込みと税前の差を見て見ましょう。じゃん!
この表の見方です。まず国民年金相当の81.6万円の場合、繰上げようが繰下げようが全額控除されるんので、影響はありません。
厚生年金で65歳時点受給額が100万円の場合、繰上げても控除があるので受給額に差はありませんが、繰り下げると額が増加するため、税前と税込み(税引き後)で差が生じます。それは75歳まで繰下げた場合で最大になり、2.1%の差。つまり本来84%増になるはずが180.1にしかならないということです。
一番分かりやすいのが65歳時点の受給額200万円の場合です。60歳に繰り上げると、支払う税金が減るため実質的に受給額が3.3%増加します。一方で、75歳まで繰り下げると5.3%減少してしまいます。その差、実に8%超。
基準額200万円あたりが、控除と税率を加味すると最も繰上げと繰下げの税金の影響が大きいことが分かりました。前々回検討したように、運用するかどうかも合わせて検討しなくてはいけませんが、繰上げ繰下げが税金額に影響することも頭の片隅においておかないといけませんね。8%以上も変わってくるわけですから。
appendix
今回の試算では基礎控除48万円(ただし住民税は43万円、試算ではこちらも48万円として計算)を盛り込んで計算しました。このほうが多くの場合実態に近いと思ったからです。ただし基礎控除は年金以外にも使える控除なので、基礎控除は抜いた場合の税率のほうが汎用性があります。
参考までに、下記が基礎控除を含まない税率になります。
*1:※
年金の受給額〜わたしはいくらもらえる?年代・年収・職業別に解説〜:三井住友銀行
*2:俺の年収は750万より高い!という人も安心してください。これは平均年収なので新卒の頃の年収も加味されています。
*3:基礎控除は年金以外にも利用できる控除なので、盛り込むべきではないという考え方もありますが、給与にせよ個人事業にせよ年金受給年齢だとけっこう所得がなくなって、実質年金だけになる場合も多いので、ここでは盛り込んでみました。ただ、48万円というのは所得税に関してで、住民税については控除は43万円です。ここは計算しようと思えばできますがちょっと面倒だったので48万円に揃えています。結論が変わるほどの誤差にはならないでしょう。
*4:なぜこうなるかというと、定率10%の住民税と、累進課税の所得税、そこに110万円という定額控除があるからです。定額控除を超えた分は定率の住民税のせいで一気に税率が上昇します。そこから先は少し落ち着くのですが、しばらくすると今度は所得税の累進性が牙をむきます。