米国で高インフレが話題です。日本ではまだインフレと騒ぐほどは物価は上がっていませんが、このあと原油高やウクライナ侵攻の影響を価格が織り込んで、さらに物価が上がると思うと、本当にインフレがやってくるかもしれません。
ところで、インフレが起こると税金も上がるって話を聞いたことはありませんか?
国債負担を減らす「インフレ税」
よく聞くのは、インフレになると政府の借金である国債の借り入れ額面が実質的に減っていくという「インフレ税」です。日本の国債残高は990兆円とGDP比で256%の水準にあり、その額は年々増加しています。
正直、国債の額自体が増加するのは当たり前のことで、これを減らす必要はないのですが、問題はGDPの伸びと歩調を合わせているかどうかです。GDP比がどんどん増加しているならこれは問題で、つまり返しきれない額の借金になっている可能性があるということです。
ではどうやったらこの借金を返せるかというと、最も簡単な方法はインフレを起こして借入額の価値を低下させることです。極端な話ハイパーインフレが起こって物価がいまの1000倍になれば、モノの値段がすべて1000倍になります。これは裏を返すと、借金の実質的な価値が1000分の1になるということ。実質的に国債残高は1兆円に減るということを意味します。
インフレで国民生活が苦しくなるにもかかわらず、国の借金は実質棒引きになるのですから、これは増税して借金を返すのと実質的に同義です。そのため、「インフレ税」なんて呼ばれるわけです。
ここまで書いておいて何ですが、今回の「インフレになると税金が上がる」はまた別の話です。
所得税は“利益”に対してかかる
まず、株式など金融商品に対する税金が、いったい何にかかるかを思い出してみましょう。それは“利益”です。では、利益とは何かというと、買値と売値の差額が利益です。要するに、儲かったらその一部を税金として払ってねという話です。
ところがここにインフレが関わってくると、話が変わります。買値はいわゆる簿価であって、その意味は変わりませんが、売値はタイミングによって上下するからです。
いや、売値は上下するだろう。上がったときに売るから利益が出るんだ——。そう思うかもしれません。それは間違いではないのですが、問題は上がる理由です。
インフレで物価が毎年10%上がる世の中を考えてみましょう。企業にとって、原材料の調達コストも人件費も販売価格も10%ずつ上がったらどうなるでしょうか。売り上げが10%増、コストも10%増、そして利益も10%増となります。つまり、理論上、株価も10%増加するわけです。100で買った株が110になるわけです。
すると売却時には利益が発生します。そして利益10の2割、2の税金が取られるわけです。ところが、物価はそのときどうでしょうか? 最初の100で高級車が買えたとします。ところがインフレでクルマの値段は110に10%上がりました。では上がった株を売ったお金でクルマを買おうとしたらどうでしょう? あれれ?税金を取られて108しか残っていません。実質の購買力は変わっていないのに、税金だけ取られてしまったというわけです。
支払った税金のうち、実際の利益によるものがどのくらい(青棒)で、インフレによる見かけの利益に対するものがどのくらい(赤棒)かを表した米国市場でのグラフが下記です。かなりの税金がインフレ由来だということが分かります。
Inflation Can Cause an Infinite Effective Tax Rate on Capital Gains | Tax Foundation
もっと極端な例では、実質的に損失が発生しているのに、インフレのせいで帳簿上利益が発生してしまい、税金だけを支払うようなことも起き得ます。上のグラフの1999年とか2000円はそんな感じですね。
さて、これを国の側から見れば、インフレは何もしないのに税収が上がるということになります。1万円の価値だったものがインフレで2万円に値上がりすれば、1万円増えた分は利益だということでそこから税金が取れるからです。
円安は日本円のデフレ
この観点でみると、円安の捉え方も少し変わってきます。インフレと同様に、円安はドル建て資産の価値増大をもたらします。1万ドルの海外資産は、1ドル100円のときは100万円の価値でしたが、1ドル125円になれば125万円の価値になるのです。
これはインフレと似ているようで、違います。まず購買力は、インフレのときは変化なしでしたが、しっかりと上昇しています。円安になったからといって、それに連動して国内のモノの値段も上がるわけではないからです。
さらに税金にも影響があります。円安の場合、買値も上昇するからです。通常の株価上昇は、上がった分だけ利益も増加し、つまり税金も増加します。ところが円安による円建の株価上昇は、買値も同じレートで上昇します。そのため、利益の上昇分もレート分だけになるのです。
具体的にいうとこうです。5000ドルで買ったドル建て資産が1万ドルまで上昇していました。ここで、1ドル100円から125円に円安が進みます。買値は50万円だったのが62万5000円に価値が上がり、売値は100万円が125万円に上昇します。利益は50万円だったのが62万5000円です。円で見たときの利益は25万円上昇したのに、利益は12万5000円しか増加しない。つまり、税金の増加も少ないというわけです。
マネーフォワードMEでは先日のアップデートで、取得価格と評価額の推移がグラフ化されるようになりました。これを見ると、円安によって評価額が上昇しましたが、円安は取得額も増加させているので、利益額はさほど増えていないことが分かります。
インフレの場合、何もしないのになぜか勝手に利益が増えて、それにかかる税金も増加してしまいました。デフレだとその逆です。そして、円安は日本円が他国通貨に対してデフレしたともいえますから、税金についても同様の効果があると考えてもいいかもしれません。
というわけで、「利益に対する20.315%」という株式の税金ですが、ここにインフレや為替変動が絡むと、実質以上に税金が増えたり減ったりするという現象が起きるわけです。