円安が止まりません。この1カ月でドル円は115円から122円へと6.19%も上昇しました。これによる影響は大きく2つ。1つは輸入物価がダイレクトに6%上昇し、今後、さらに物価が上がるだろうということ。もう1つは、ドル建て資産を保有している人は、それだけで資産が(円建で)6%増加したことです。
では、なぜこんなに円安になったのかを、為替を動かす要因とともに考えてみます。
急激な円安
まず1年のチャートも見てみます。9月くらいから上昇傾向にあったことが分かります。なんとこの1年で11.8%も下落しています。そして、直近1カ月の上昇がすさまじいですね。
直近1カ月のドル円チャートを取り出してみます。ほぼ一直線に上昇しています。
S&P500株価指数と並べてみると、為替が先行して上昇を始め、その後株価も上昇してきました。これによって、米国株を持っている人は、株式上昇と為替上昇の両方の恩恵を得られたわけです。為替6%、株式4%で、合計10%の上昇という感じです。
為替はどんな要因で動くのか
なぜ円安になったのか? という疑問に対しては、さまざまな説明がメディアにはあふれています。ここではその要因を解き明かすことはしません。というか、為替にはさまざまな要因が重なって動いており、どれか一つを取り出して「これが原因だ!」というのは不誠実な姿勢でしょう。
為替を動かす要因は、短期・中期・長期で説明されるのが一般的です。というのも、この3つはそれぞれ全く違う要素で動くからです。別の表現をすれば、トレーダーの人は短期要因を重視するし、ファンダメンタルズを見るFX投資家は中期要因、そして経済の大きな動きとしては長期要因に影響されます。
どの要因も為替を動かすので、どんな組み合わせになっているのかが分かると、何がリスクでどう動く可能性があるかが分かるかもしれません。
短期要因
短期要因は、基本的に為替トレーダーの動きで決まるものでしょう。短期の為替トレーダーは、経済指標発表や要人発言など政治的要因、またテロや戦争、自然災害などを材料として、売ったり買ったりします。
面白いのは、これらは「材料」だということです。ざっくり言えば、戦争が起こったからといって、そのせいでいきなり円高になったり円安になるわけではなく、「戦争によって今後円高(円安)になるだろう。だからいま円を買う(売る)」というトレーダーの行為によって、円高(円安)が引き起こされるわけです。
これはトレーダー同士の心理戦なので、ある材料が為替をどちら方向に動かすかは決まっているわけではありません。直近の例でいえば、「有事の円」といわれ、戦争などが起こると円が買われるのが常でした。
ところが今回のウクライナ侵攻で起こったのは真逆の円安です。これは、「貿易赤字のせい」なんて説明もされています。でも、これは間違いではないにせよ、後付けの理由でしょう。今回は、トレーダーの心理が「円安」に振れたわけで、そんな動きがさらに増幅されたと見るべきだと思います。
さらに、こうしたトレーダーの心理戦では、モノをいうのはチャートです。つまりはテクニカル分析。そして、このような急激な円安トレンドでは、モメンタムとして乗っかっていくのが王道であり、その結果さらに円安が進むというポジティブフィードバックを引き起こします。
中期要因
中期的な要因としては、投資家だけでなく実需も関係してきます。まずは投資家側から。
2国の通貨があったとき、為替が全く動かないなら、儲かる手法は「金利の低い国の通貨を借りて、金利の高い国の通貨を買う」です。現在の状況でいえば、急速に政策金利を上げる米国と、低金利政策を維持する日本があって、つまり円売り、ドル買いです。
これは個人投資家のレベルでも同じで、例えばFXのスワップポイントは1万通貨あたりで、ドルロング26円まで上昇しています。
こうした中では、円を売ってドルを買うのが金利的に有利なだけでなく、同じことを考える人が多いほど、円が売られるので円安になり、ドル高になります。金利差だけでなく、為替変動でも利益が出てしまうのです。これをキャリートレードといいます。
投資家の動きとは別の実需はどうでしょう。ここで出てくるのが先の貿易収支です。これは、貿易において輸出した額と輸入した額の差です。貿易収支が黒字というのは、輸入額よりも輸出額のほうが大きいということ。
このとき、差額分のドルを日本企業は受け取るわけですが、このドルを売って日本円を買う必要があります。つまりドル売り、円買い。これが円高を引き起こすわけです。日本は長らく貿易黒字国であり、それが円高要因でした。
今起きているのはその逆です。資源高によって輸入にかかる費用は増大し、直近貿易収支は大きな赤字となっています。輸出と輸入を合計するとドルを調達しなくてはならないので、ドル買い、円売りになります。これが円安トレンドを作り出しています。
「1ドル120円台」円安加速に何の驚きもない理由。日本は貿易「黒字消滅」から「赤字定着」に転落寸前なので… | Business Insider Japan
長期要因
最後に残ったのが長期要因です。ここには投資家はあまり登場せず、実需の経済要因が中心になります。
大きな要因は物価変動、インフレです。インフレとはモノの価値が上がり、通貨の価値が下がることを意味します。つまり、インフレが大きい国のほうが通貨安になるのです。これは、購買力平価からも導かれます。
購買力平価とは、あるモノを買う価格はどの国でも同じになるように為替レートが調整されるという考え方です。例えば、アメリカでiPhoneが1000ドルで、日本で10万円ならば、為替レートは1ドル100円になるよね、という話です。
これは納得感のある理屈で、アメリカでiPhoneが1000ドルで、日本で10万円のとき、為替レートが120円ならば、日本でiPhoneを買ってアメリカで売れば、それだけで2万円の利益が出てしまいます。これはiPhone以外の品物にも当てはまる話なので、為替は両国のモノの値段が同じになるように調整されるというロジックです。
とはいえ、簡単にはそんなふうに動かないのが為替の難しいところ。有名なものにビックマック指数があります。これは各国のビックマックの価格をドル建てで表示したもので、為替が物価からどれだけかい離しているのかを、マックという身近なもので確認できます。
それによると、2022年1月の調査で、米国のビックマックの価格に対して日本のビックマックは58.3%の価格で売られています。約半額だということです。購買力平価が機能するなら、ドル円は71円まで下落してもおかしくありません。ここまで円高になれば、日米のビックマックの価格は同一となるからです。
The Big Mac index | The Economist
ただし、物価が長期要因といわれるのは、本当に長い目でみると、購買力平価の通りになっているからです。下記は22年1月に出た、有名な国際通貨研究所の購買力平価グラフです。
IIMA-GMVI・購買力平価 | 公益財団法人 国際通貨研究所
これを見ると、赤い消費者物価が下落するのに連動して、黒いドル円為替も下落してきていることが分かります。この大きなトレンドから見ると、直近8年くらいは円安に振れすぎだともいえます。
中期要因から長期要因への揺り戻し
さて、中期要因では金利が高い通貨が買われて高くなるということでした。しかし、金利が高いのはなぜでしょうか? 一般的に、経済成長率が同一ならば、金利の高さはインフレによって説明されます。金利からインフレ率を引いたものが実質金利であり、逆にいえば、インフレ率が高ければ名目金利は高くならざるを得ないのです。
金利が高い国というのは基本的にインフレ傾向にあり、逆に日本のようにインフレ率が低い国はインフレ率が低い傾向にあります。インフレ率が高いというのは、長期要因で見たように通貨安要因です。
つまり、高金利≒高インフレの国の通貨は、キャリートレード要因では通貨高になり、物価変動要因では通貨安となるわけです。これは、中期的には通貨高になるが、長期的には通貨安になるともいえます。
こうした流れは新興国でもよく見られます。慢性的なインフレが続く新興国では高金利が継続する国も多く、タイミングによってはキャリートレードによるスワップポイント狙いがたいへん利益を生み出します(中期要因)。ところが何かのきっかけで物価状況に合わせて通貨が下落すると(長期要因)、大損失を被るわけです。
現在の円安は、どの段階にあるのかは全く分かりません。長期的には購買力平価との乖離が大きくなっており、どこかでドル円は70円くらいまで上がる可能性もあると思っています。中期的には、資源高と原発停止による輸入増大のダブルパンチでますます貿易赤字になり、円安が進むトレンドです。そして短期的には、3月の急速な円安のモメンタムに乗って円売りが増加していて、しばらくはこのトレンドが継続。そして、どこかで反転して、行きすぎが是正されるという感じでしょうか。
また別のシナリオとしては、近くやってくるであろう首都圏大地震などの災害や、また何かのきっかけで日本国債暴落が起きれば、円売りは加速。1ドル300円とかになる可能性だってあると思っています。
いやはや為替は難しい。