先日、「九条さんの為替ヘッジ戦略を聞きたい」というリクエストをいただきました。そこで、今回は投資において為替ヘッジをどう位置づけるべきか、端的に「為替ヘッジをするべきか、しないべきか?」をロジック&エビデンスで考えていきたいと思います。
- 為替ヘッジの効果
- リスクプレミアムが付くボラティリティ、つかないボラティリティ
- 高金利通貨を保有し続けるキャリートレード
- 為替にリスクプレミアムはあるのか?
- 為替ヘッジしないことのプレミアム
- 分散効果、そして保険としての為替ヘッジ
為替ヘッジの効果
まず為替ヘッジとは何でしょうか。円で投資先を見ている日本の投資家にとって、ドル建ての資産は資産そのものの変動に加え、ドル円の為替レートの影響を受けます。ドルで株価が絶好調でも、それを上回る円高になれば、円建てではマイナス……なんてこともおきるわけです。
このとき為替変動の影響を取り除くのが為替ヘッジです。為替ヘッジをすれば、このあと為替が円高に進もうが円安に進もうが、その変動は無視されます。
ただし為替ヘッジにはコストもかかります。理論的には、為替ヘッジのコストは両通貨の金利差とされています。例えば、日本円の金利が1%、米ドルの金利が5%なら、円建てでヘッジするには4%のコストがかかることになります。つまり100万円分のドル建て資産を購入し、為替ヘッジを行うなら毎年4万円を支払う必要があるということです*1。
ちなみに、米国人がドル建てで為替ヘッジして円債を買う場合、なんとヘッジコストがマイナス4%になります。つまり円債を持っているだけで毎年4%利益が出るのです。
これが意味することは、為替ヘッジを行うと、外債の実質利回りはおおむね「外債の金利 − 為替ヘッジコスト」で表され、日本の国債利回りと近くなります。たとえば、日本国債が1%、米国債が5%、ヘッジコストが約4%であれば、次の3つはおおよそ同じ利回りです
- 内債 1%
- 外債5%ーヘッジ▲4% ≈ 1%
- 外債5%+為替変動リスク
ただし、為替ヘッジをしても、金利が今後どう動くかという「相場観」によって外債を選ぶ意義があります。たとえば、「今後日本の金利は上がる(=内債は損)」「米国の金利は下がる(=外債は得)」と考えるなら、外債(ヘッジ付き)を保有する戦略が合理的となります。
リスクプレミアムが付くボラティリティ、つかないボラティリティ
先ほど、内債/ヘッジ外債/為替リスクあり外債 は基本的に等価だと書きましたが、本当でしょうか。だって内債とヘッジ外債は為替リスクの影響を受けませんが、為替リスクあり外債だけは為替変動リスクがあります。投資家は、追加のリスクを引き受けるとき追加のリターンも要求します。これをリスクプレミアムといいますが、為替変動にはリスクプレミアムはないのでしょうか?
リスクプレミアムは株式で顕著です。リターンが安定している国債ではなく株式を買うのはそこにリスクがあるから、リスク分だけ高い利回りを投資家が要求するからです(要するにリスクの分だけ安く売られている)。つまり株式の期待リターンは、国債(無リスク金利)+リスクプレミアムという構造になるわけです。
ただここで注意が必要なのは、リスクがあればどんな資産でもリスクプレミアムが得られるかというそうではないということです。例えば、株式全体はリスクプレミアムがありますが、価格変動の大きい個別株だからといって追加のリスクプレミアムはありません。
例えば、株式インデックスのボラティリティが20%、対するテスラ株のボラティリティが40%だとします。株式インデックスに5%のリスクプレミアムが付いていたとして、ではテスラ株はその倍、10%のリスクプレミアムは付くでしょうか? 実はこの個別株のボラティリティには追加のリスクプレミアムは付きません。
なぜかというと個別株のリスクは、複数の株式を購入して組み合わせることで消し去ることができるからです。消せるリスクにはプレミアムはありません。消せないリスクにだけプレミアムは付くのです。
高金利通貨を保有し続けるキャリートレード
では為替リスクにはリスクプレミアムはあるのでしょうか? つまり為替のリスクを負うことで、追加のリターンは得られるのでしょうか? 直感的にはなんかなさそうですよね。だって、投資家は基本的にリスクを避けたいのですが、消せないリスクを仕方なく引き受けるので、その分だけ価格が安くなるのがリスクプレミアムの本質だからです。
例えば、金はけっこう価格変動が大きいことで知られますが、株式に比べてリスクプレミアムが小さいことが知られています。その理由は有事の際のヘッジのために、保険の意味合いで金を買う投資家が多いからです。
では為替は?というと、確実にリスクプレミアムがあるとは言えませんが、実証的にはプラスのリターンが認めれてきました*2。これはフォワード・プレミアム・パズル(またはフォワード・バイアス・パズル)」と呼ばれるものです。
端的な例はキャリートレードです。キャリートレードとは、高金利通貨を買って保有する取引のことを指します。今なら、円の金利が1%以下に対してドルが4〜5%くらいの金利が付くので、円を借りてドルを買えば差額である3-4%のリターンが手に入る*3。これがキャリートレードです。
短期的には高金利通貨にはお金が集まるので、為替もドル高になります。イコール円安なので、ドルの高金利を享受しつつ為替の変動でも利益が出る。定期的にキャリートレードは流行るのですが、それはこういった魅力があるからです。
しかし、キャリートレードの行く末は、為替が大きく反転し一気に円高に振れるというトレンド転換にあります。これをよく「キャリートレード巻き戻し」なんていいます。そりゃそうです。高金利通貨を持っているだけで金利も得られて為替変動でも儲かるなんて、そんなうまい話はありません。これを「高金利通貨は将来安くなる」ということを意味するUIP(無裁定金利平価)理論といいます。
為替にリスクプレミアムはあるのか?
ではキャリートレードは短期的に利益が出るように見えて、UIPで見れば全体で見れば成り立たない投資戦略なのでしょうか? ここがまた面白くて、実証研究ではキャリートレードには超過収益機会があるというのです。
Hanno Lustig、Nikolai Roussanov、Adrien Verdelhanの「COMMON RISK FACTORS IN CURRENCY MARKETS」(2008)によると
Between the end of 1983 and the beginning of 2008, US investors earn an annualized log excess return of 4.8 percent by buying one‑month forward contracts for currencies in the last portfolio and by selling forward contracts for currencies in the first portfolio.
1983年末から2008年初めにかけて、米国の投資家がキャリートレード戦略(低金利通貨を売って高金利通貨を買う)を行った場合、年率ベースで約4.8%の超過収益(対無リスク資産)を得られた。
こうした超過収益は、アノマリー(いわゆるアルファ)とリスクを採ったことによる対価(リスクプレミアム)に別れます。論文によると、この超過収益はリスクプレミアムだというのです。
After accounting for the covariance with this risk factor, there are no significant anomalous or unexplained excess returns in currency markets.
このリスク因子との共分散を考慮すれば、為替市場において統計的に有意な異常な超過リターン(アノマリー)は存在せず、すべてがリスクに対する正当な補償と説明できる。
これは為替リスクにはリスクプレミアムがあることを示唆していますが、正確にはどんなリスクなのでしょうか?
By investing in high interest rate currencies and borrowing in low interest rate currencies, US investors load up on global risk, especially during ‘bad times’.
高金利通貨への投資と低金利通貨での借り入れにより、投資家は特に景気が悪化した局面において、グローバルなリスクへのエクスポージャーを大きく取ることになる。
Currency excess returns reflect risk premia for exposure to aggregate risk.
為替の超過リターンは、景気全体の悪化といったマクロリスクへの曝露に対するリスク・プレミアムを反映している。
なるほど。ここでいう為替のリスクプレミアムは、為替のボラティリティに対するものではなく、為替のマクロリスク(不況など)への感応度(通貨ベータ)に対するプレミアムだということです。要するに、景気悪化時に通貨が下落することで生じる損失リスクに対するプレミアムが為替リスクプレミアムだというのです。
では、このとき為替ヘッジしたらどうなるかというと、景気悪化時の通貨下落を防ぐことができるわけで、当然リスクプレミアムも享受できません。
為替ヘッジしないことのプレミアム
ちょっと長くなったので、ここでいったんまとめましょう。低金利通貨を借りて高金利通貨を買うというキャリートレードという戦略があります。UIP(無裁定金利平価)理論によれば、高金利通貨はいずれ安くなりそれまで受け取った金利差は帳消しにされてしまうはずです。ところが実際にはキャリートレードには超過収益が生まれています。
これはアノマリー(アルファ)なのかというと、そうではなく、キャリートレードによって景気後退時の通貨下落リスクを負っていることに対するリスクプレミアムです。このプレミアムは為替ヘッジして通貨下落リスクを無くしてしまえば存在しなくなります。
つまり、為替ヘッジするかしないかでいえば、高金利通貨の資産を保有する場合に限り、為替ヘッジしないことにプラスの期待値があると考えていいと思います。もちろん、低金利通貨を保有する場合はマイナスのリスクプレミアムが生まれます。その場合は為替ヘッジすることが合理的でしょう。
分散効果、そして保険としての為替ヘッジ
今回は為替リスクにプレミアムはあるか?という観点から為替ヘッジの意味を考えてみました。でも観点はこれだけではありません。為替ヘッジは外国資産に投資するときに、為替変動リスクをなくすために行います。為替リスクプレミアムは、外国為替を保有することにプラスの期待リターンはあるか? という観点の話なので、債券+為替リスク、株式+為替リスクという構成だと、もう少し話は複雑です。
次回はまず為替変動をポートフォリオに組み込むことの意味を、MPTの観点から考えてみようと思います。