FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で自由主義者、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

我が青春のITバブル


株価のPERが高くなってくると、いつも引き合いに出されるのがITバブルです。特に今の株価上昇を牽引しているのはAI銘柄なので、「AIバブル」なんて言われたりもします。ただ、あのITバブルを知っている人なら、今のAIブームは相当中身が違うなぁと思うのではないでしょうか。

 

リーマンショックよりも体験した人が少ないであろう、ITバブル。その思い出を書いておきたいと思います。

1998年から始まり2000年に弾けた

日本でいうITバブル、米国ではドットコム・バブルと呼ばることが多かったでしょうか。これは1998年くらいから急速にIT銘柄の株価が上昇し、2000年3月を頂点に弾けたバブルのことです。

NASDAQ総合指数は、1996年には1000前後で推移していましたが、1998年9月に1500を、1999年1月には2000を突破し、2000年3月10日に大天井5048.62を付けました。ところが、そこから急速に下落。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件もあって、2002年には1000台まで下落してしまいました。

 

このときはまさにバブルで、収益よりも先行して株価は上昇し、ニューエコノミーとか収益がなくても株価は上がるとか、そんなふうに言われていました。下記はS&P500のシラーPERですが、こちらも2000年冒頭に過去最高となる44倍を付けました。過去の平均は17.26倍であり、中央値は16.05倍。現在はITバブルの頃のPERに近づいていると言われますが、それでも38.66です。

我が青春のITバブル

このITバブル、実はぼくの社会人としてのキャリアの前半を形作ったものです。当時、新卒で入った会社から、IT業界のあまりの急成長っぷりに惹かれ、1999年にインターネット系の会社に転職しました。

 

そこは外資だったのですが、その当時のIT系の空気を象徴するようなエピソードがいろいろあります。

  • とにかくトラフィックを伸ばせ。売上はあとから付いてくる
  • 経費はいくらでも使っていい
  • シェア獲得の速さが命。考えるより前に動け

それまで真っ当(?)な会社の事業をやっていたので、ある機器を1台ほしいと稟議を書いたら、3台くらいあったほうが便利でしょう? と3台買ってもらったり、終電なくなったら別にタクシーで帰ればいいから、とそういう経費も青天井だったり、いやぁ不思議な会社もあるものだ、と驚いたのを覚えています。

 

ぼくの友人も超大手企業からベンチャー企業に転職したり、起業する人が相次ぎました。当時は、ドットコムと名がついてそれらしいコンセプトがあれば、A4一枚の企画書で出資がもらえるともっぱらの評判でした。実際、ぼくの近い友人だけでも3社起業しています。驚くほど簡単にお金が集まる時代でした。

 

しかも利益どころか売上さえ、初期は求められません。どれだけ早期にトラフィックを獲得できるか。まだ会員というよりもトラフィックが売上の先行指標として使われることの多い時代でした。

バブル崩壊で一転

そんな時代が長く続くわけはありません。ナスダックの株価が最高値を付けてからしばらく、ちょっと様子がおかしいなという雰囲気はあったものの、現場のスタンスはそれほど変わっていませんでした。

 

情勢が大きく変わったのが、2001年9月の同時多発テロです。オフィスのテレビで、飛行機がワールドトレードセンタービルに突っ込むのをリアルタイムで見ていました。遠いアメリカの話だとはいえ、1995年のサリン事件を彷彿とさせる感じだったのを覚えています。

 

そこから一ヶ月くらいでしょうか。米国本社から、これまでの方針と180度変わった司令が降りてきました。あれだけ、赤字でもいいから早期に拡大しろ!と言っていたのに、「来年から黒字化しろ」というのです。さらに「人員を半分にすれば黒字にできるのではないか」と、まぁアメリカらしい実行方法まで。

 

急転直下。外資スタイルの経営は怖いものだということと、売上も利益も関係ないなんていう時代の空気は、やっぱりなにかおかしいよねという感覚はやっぱり正しかったということを思い知ったものです。

バブル頂点で売り抜けた人たち

バブル期を象徴する企業がヤフーでした。1997年11月に設立から1年9ヶ月で上場したヤフーは、公開価格70万円に対して初値は200万円。そして、2000年2月にはなんと1株1億6790万円まで記録しました。

 

当時のヤフーは新入社員にまで全員に最低1株を配っていて(当時はまだストック・オプションという制度がありませんでした)、設立から3年、突如1億円を超える株を手にした方々は、1億前後で売却したという話をけっこう聞きました。

 

親会社のソフトバンクもすごかったですね。1999年の6000円台から、2000年2月には19万8000円に。世界でもトップクラスの時価総額を誇りました。分割考慮後のソフトバンク(現ソフトバンクグループ)の株価がこちら。

バブルの匂い

こんなITバブルを肌身で経験すると、バブルの匂いというのもなんとなく分かるものです。例えば、2017年に始まった仮想通貨のICOブーム。これはまさにバブルの匂いがプンプンするものでした。

 

ホワイトペーパー1枚で、既存のコインをフォークさせ、うまくマーケティングすれば一儲け。これどっか遠いところの話ではなく、本当に身近なところで、実際に行われていました。

 

次にバブルの匂いを感じたのが2021年のNFTバブルです。謎のドット絵とか子どもが描いた絵とかが、NFT化されただけで数千万円とか数億円とかで取引され、中には10代でとんでもない売却益を得た人もいました。

 

もっと最近では、マイクロストラテジーを祖とするビットコイン財務企業もバブルの匂いを感じます。特にメタプラネットとかは、IR資料で「なぜバブルではないのか」を説明しなくてはならないくらい、ファンダメンタルズと乖離しています。

 

バブルに至ってもいませんが、盛り上がってもバブルだろうと思っているのがWeb3です。多くの日本の大企業が半ば騙されて乗っかりましたし、今でもDAO、DAO言っている企業があります。ただ、これらはユーザーが不在で、ユーザーメリットも今ひとつ分からない。こういうのもバブルの典型例の一つです。

 

そういう中で見ると、AIはバブルではなくブームだと思っていいでしょう。NVIDIA株が織り込んでいる急激な成長が本当に続くのか? という点では、調整がくることはあるでしょうが、そこには確実な需要があって、人々がお金を払っているというのがバブルとの最大の違いです。

 

もちろん、粉飾決算で先日最速で上場廃止から倒産となったオルツのように、ブームに乗っかるだけの企業もあります。ただこれまでの各種バブルと今回のAIが最も違うのは、そのメインプレーヤーが世界トップの超大手企業で、それらが恐ろしいほどの資金を費やしてAI開発を進めているという点です。VCによる投機マネーとか株価上昇を見て参入する個人投資家とか、その受け皿となるスタートアップがメインプレーヤーではないのです。

 

ぼくは日本の土地バブルは経験していないのですが、そのあとのITバブル、2017年の仮想通貨バブルを身近に過ごせたのは、とてもいい経験ができたと思っています。

 

 

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